「これまで私に『間違っている』と言ってくる者はいなかった」


 陛下はそう言って静かに膝を突く。アダルフォもわたしも、静かに息を呑んだ。


「クラウスとペネロペの結婚に反対した時も。生まれてきたおまえを引き取らないと決めた時も。ゼルリダとクラウスの結婚も。クラウスが亡くなり、ライラを後継者として育てると決めた時も。臣下達の中で私の決定に異を唱える者は居なかった」


 深い深い後悔の感情がわたしの中に流れ込んでくる。心の中に掛かった暗い靄が暴れ狂う。苦しくて堪らなくなった。


「――――『国王』として、誤まった決断をしたつもりはない。全ては国のために、必要なことだった。いつだって私は、最善の道を選んできた。
それがお前やクラウス、ゼルリダを傷つけると知っていても、仕方がないと」

(国王として、か)


 陛下の言いたいこと――――何となくだけどわたしにも分かる。

 陛下の中にはきっと、一人の人間としての自分と、国王としての自分が存在している。だけど、二つの重さは、同等に釣り合っているわけじゃない。己を殺し、国のために生きる――――それが陛下の行く王道だった。

 君主として正しいと思うことが、個人としても同じであるならそれで良い。だけど陛下は――――おじいちゃんはきっと、そうじゃなかった。


「間違ってるって……そう言って欲しかったの?」


 わたしの問いかけに、おじいちゃんは何も応えなかった。


(沈黙は肯定を意味する)


 『間違ってる』って――――そんな風に言えるのは、わたしと殿下――――お父さんだけ。わたし達から責められることで寧ろ、おじいちゃんは良心の呵責から逃れられていたのだろう。