「……ううん。その時点でクラウス殿下は、誰とも婚約していなかったわ。もちろん、水面下で婚約者候補は上げられていたようだけど、殿下が首を縦に振らなくてね。
それでも、ペネロペは『自分じゃ妃になれない、国民に受け入れられないから』って頑なだった。国を思えばこそ、自分は身を引くべきだって――――そう言って泣いてた。
クラウス殿下は『皆を説得する』って言って帰っていったわ。だけど、それが二人の交わした最後の言葉になってしまった」


 深い、深い悲しみの感情が、こちらにまで伝わってくる。
 わたしは自分を産んでくれた人――――ペネロペのことを何も知らない。だけど、どうして彼女がわたしを身籠ったのか――――そして王太子様の前から居なくなってしまったのか、手に取る様に分かる。


「二人はとても、愛し合っていたのね」


 許されない恋だと知りながら、それでも自分を止められなかった。本当はずっと、側に居たかったのだろう。だけどそれでも、愛する人のために身を引いた。
 これがお伽話であれば、王子様に見初められた女の子は、お妃様になって幸せに生きるのだろう。だけどこれは、お伽話じゃない。


(ねえ――――王太子様が迎えに来てくれた時、どんな気持ちだった?)


 もしもこの場にペネロペが――――もう一人のお母さんが生きていたとしたら、きっとわたしはそう尋ねている。嬉しかっただろうか。それとも悲しかっただろうか。そんなこと、考えたって仕方がないって分かっているのに、それでもつい想像してしまう。