「働き始めて一年半経った頃のことよ。急にペネロペが家に帰って来たの。聞けば妊娠しているって言うし、相手が誰なのか、ちっとも教えてくれなくてね……。ペネロペは強情だから、無理やり聞き出すことはすっかり諦めていたの。
だけど、それから数日後のことよ。今は亡きクラウス殿下が我が家を訪ねていらしてね。
……あの時の衝撃は忘れられないわ。ペネロペもお母さんも、皆すごくビックリしてた」

(そりゃあそうだよねぇ)


 自分に全く関係ないと思っていた王族が訪ねてくる衝撃を、わたしは身を以て知っている。本当に天変地異レベルで激震が走ったに違いない。


「殿下ははじめ『どうして急に居なくなったんだ!?』って、ペネロペに対して憤っていらっしゃったの。何も言わずに侍女を辞めて、殿下の前から姿を消したのね。
だけど、あの子ったらお金が尽きるまでは実家にも帰らないで、数か月間、色んな地を転々としていたらしくって。その時にはペネロペのお腹も大きくなっていたから、殿下はすぐに理由を察したみたい。

『僕の子だ』

なんて言うもんだから、皆更にビックリしてしまったわ」


 お母さんはそう言って、わたしのことを慈しむような瞳で見つめる。胸の中が温かいようなむず痒いような奇妙な感覚で満たされて、何だかとても落ち着かなかった。


「殿下はね

『結婚しよう』

って、その場でペネロペにプロポーズしたの。すごく真摯で、愛情あふれる求婚だったわ。
だけど、妹はそれを受け入れなかったの」

「何で? ゼルリダ様と婚約していたから?」


 だとしたら酷い話ではあるけど、納得はできる。
 どうしてわたしがお母さん達に預けられたのか――――婚約中に余所で子どもを作ったのだとしたら、ゼルリダ様の反発はもっともだし、わたしを城から遠ざけていたのも当然だと思うから。