「信じられない! そんなことまで噂になってるなんて」

「それだけじゃないぞ。二か月後に迫った式典で、ライラが正式に王太女に指名されることも、その時におまえの婚約者が発表されるってことまで詳細に報道されてる。おまえ、何も知らなかったの?」

「知らないわ。誰も教えてくれないもの」


 アダルフォやシルビア、ランハートやバルデマー、ついでに講師たちだって、誰もそんなことは教えてくれない。恐らくはわたしを慮ってのことだろうけど、知らないところであれこれ言われるのは気持ちが良いものではないし、こうして城から脱出した今、どんなことを言われるのか考えると頭が痛くなる。


「なあ、ライラ。お前、本当に城を出て良かったのか? 後悔しない?」

「後悔? そんなの、する筈がないでしょう? 逆にどうしてそう思うの?」

「いや、だってさ、綺麗なドレスとか宝石とか沢山貰えるし、美味いもの沢山食えて、ふかふかのベッドで眠れて、カッコいい貴公子たちに求婚迄されるんだろう? 良いこと尽くしじゃん? 実家で少しゆっくりして、気持ちが落ち着いたらさ、城に戻った方が良いんじゃ――――」

「一日中勉強漬けで、外に出ることも許されなくて、育ててくれたお父さんとお母さんに手紙すら送れなくて、結婚しないという自由もないのよ?」


 言えばエメットはウっと唇を噤む。わたしはため息を吐きつつ、車窓の外を眺めた。


「わたしはね、服は今着ているようなシンプルなもので良いし、宝石はお父さんから貰える玩具みたいな子ども用のジュエリーの方が良い。お母さんの作った温かいご飯を家族みんなで囲んで、寝返りしたら落ちちゃいそうな小さなベッドで眠って、毎日笑って過ごしたい。人並みの幸せがあればそれで良いの。お姫様の幸せなんて求めてない。何と言われても戻るつもりは無いわ」

「…………そうか」



 それっきり、エメットは一言も喋らなくなった。
 元々貴族が好きじゃないエメットがあんなことを言ったのは、ひとえに国を心配しているからだろう。