「アダルフォ」


 彼の名を呼びながら、わたしはゆっくりと深呼吸をする。

 このまま何事もなく城を出られるかもしれない――――ついさっきまで、わたしはそんな風に思っていた。
 陛下はプライドが高いし、みっともなく追い縋ることはしない。わたしの頭が冷えて、城を出るのは非現実的だと諦める――――そんな期待をするんだろうって思っていた。だけど――――


「……わたしを引き留めに来たの?」


 陛下は人間をただの道具だと思っているから、自分の手が汚れないなら何でもするのかもしれない。そう思うと、何だか絶望的な気持ちになる。


「いいえ。その逆です」


 彼はそう言って恭しく頭を下げる。


「ご自宅までお送りします。幼馴染の彼も一緒に」

「えっ……?」


 それは思わぬ申し出だった。馬車も宿も、何もかも自分で調達しなきゃって思っていたし、そうするつもりだった。


「良いの?」


 正直わたしは、アダルフォやエリーには絶対反対されるって思っていた。二人とも愛国心が強いし、わたしのことを心から心配してくれている。今更平民に戻ったら皆が困るし、危ないって言われるんだろうなぁって思っていたのだけど。