(急がなきゃ)


 この時間から貸馬車が捕まるかは分からないし、真っ暗な中歩くのは危ないから、もしかしたら宿を取らなきゃいけないかもしれない。だけど、わたしは現金を持っていないし、エメットがわたしの分までお金を持っているか不安だった。


(お駄賃に一個ぐらい貰っとく?)


 先程外したばかりのジュエリーをチラリと視界に入れつつ、わたしは首を横に振る。
 いつも、何処からともなく与えられる煌びやかな宝飾品達。大粒のエメラルドのイヤリングも、小さなダイヤがいくつも連なった豪奢なネックレスも、全部全部国民の血税から購入されたものだ。おいそれと持ち出してはいけない。
 ――――っていうか、わたしはもう姫君じゃなくなったんだし、触れる権利すら失っていると思う。


(あっ、だけど……これなら大丈夫かも)


 唯一、個人から贈られた宝石を手に、わたしは小さく息を吐く。それは、ランハートが今日のために準備してくれたブレスレットだった。デザインがあまりゴテゴテしてないし、可愛らしい小さめの石だから、多分そこまで高価じゃない。それでも、担保として差し出せば宿代ぐらいにはなるだろう。
 ブレスレットを着けなおし、わたしはゆっくりと立ち上がる。


(――――この部屋ともお別れね)


 色んなことが一気に頭を過るけど、のんびりしている時間はない。邪魔が来ない内に、さっさとここを出よう――――そう思って扉を開けると、部屋の前にはアダルフォが立っていた。