僕の素顔を君に捧ぐ

如月は手際よく料理を取り分けたあと、グラスにワインを注ぎながら言った。

「大川社長から聞いたよ。君の夢」

「え、私の夢?」

「僕に、かなえさせてくれないか」

如月にとっては、なんてことないことかもしれない。
でも、優花にとってそれは大それた夢だった。

「君の愛読書、開いてごらん」

如月が視線を移した先にある一冊の本に、優花は手を伸ばした。

火事から逃げる時も胸に抱いていた、ハワイのガイドブック。暗記するほど繰り返し読んでぼろぼろになっているその表紙を開くと、二枚の細長い紙がはさんであった。航空券だった。

夢。それは、長い休みを取って、ハワイ旅行に行くことだった。
水野洋子との契約が終了する直前に、パスポートの申請まで終えていたのに、如月の仕事が始まったために一旦遠のいていた夢だった。


「一緒に行ってくれないかな」

「琉星さんと、ハワイに?」

優花はしばらく目を白黒させた後、きゃーっと声を上げて椅子から立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

「こら、行儀悪いぞ」

如月は言って抱き留めた。

「ただし条件がある」

「条件?」

「これは、新婚旅行」

如月はポケットから指輪を取りだし、優花の細い薬指に通した。

「返事はイエスってことでいい?」

「もちろん!」

優花は如月の肩に飛びついて、しばらく抱きしめられていたが、ふと我に返って如月の顔を見上げた。

「…ねえ、今ドラマの撮影で、ハワイ旅行に行く新婚さんの役、やってたりしないよね?」

優花は如月の瞳を覗き込んだ。

「ははは、ないない」

その笑顔は、琉星の素顔そのものだった。



―僕の素顔は、君だけのものだ

琉星は優花を抱きしめたまま、心の中で呟いた。


(完)