「ただいま……」
ドアを開けても、いつも通りだ。
『おかえり』とすぐに言ってくれる人なんて誰もいない。
玄関を見ると、お母さんの靴がある。
「おかーさん」
「なあに? 陸」
お母さんは、お兄ちゃんに呼ばれるとすっごく嬉しそう。
……そりゃあそうだよね。だって、お兄ちゃんは知的障害と診断された時、『一生喋れない可能性がある』とお医者さんに言われたんだし。
だから、こうやってお兄ちゃんが「おとーさん」「おかーさん」と言っている今は、あの時のお母さんの叶わぬ夢だったと言っても過言ではない。
「あら花、おかえり」
「お母さん……今日、余裕ないとか言ってたっけ」
「本当はそうだったんだけど、今日は店長の都合もあって早めにお店を閉めることになったのよ」
「そうなんだ」
家族のことで、いつだってわたしは振り回されっぱなしだ。
こんなことを思うの、最低だってことは分かる。



