「何?!その怪我!」
「あはは、大したことないから」
朝、教室に入るなり菜乃に捕まってしまった。
「大したことのない傷に包帯はつかないでしょ〜!ちゃんと説明してよ?」
いつもにこにこの彼女の笑顔が今は、恐ろしさしか感じない。入院は休日の間に終わったので、私は今日もいつも通りに学校に来た。だが、戦いで残ってしまった傷がまだ治りきっておらず、頭と足は包帯が巻かれている。制服で隠していて見えないが、他にも腕なども負傷してしまい、アザなどが目立ってしまう。
「ん〜と、その〜、これは〜」
なんで答えたらいいのか分からない。死神と戦ったと言ってすぐに信じる人はいないだろう。
「階段で盛大に転んだんだよ」
聞き馴染みのある声の主はやはり俊だ。彼も怪我をしているがどれも制服で隠れている。
「…なるほどね〜。流石咲だ。納得!」
なんとか納得してくれたらしい菜乃はそれ以上は聞いてこなかった。
「…斉藤は?来てるか?」
「う〜ん。まだ来てないよ」
「…そうか」
表情は変わらないが、どこか残念そうだ。
「みなさん!おはようございます!」
「ま、麻里ちゃん!」
一斉に教室にいた全員が振り向いた。
「…俊さん、咲さんも少しよろしいですか?」
「…分かった」
麻里ちゃんの目は迷いのない真っ直ぐな目だった。
「ありがとうございます」
三人で並んで歩いて行ったのは、階段の踊り場だ。まだ、時間も早いので誰もいない。
「初めに…本当に申し訳ありませんでした!」
深々といきなり頭を下げられてしまい、慌てて頭を上げてもらう。
「あの!大丈夫だからね!麻里ちゃん顔あげて、話そうよ」
「…ありがとうございます」
俊は麻里ちゃんをまだどこか警戒しているように見えた。
「…お前の記憶はどこまである?」
「…はい。私は酷いことを言ってしまったあの日に、帰ってきた途端目の前が真っ暗になり…その後はあまり記憶がありません。ですが、天の使いの方と一緒に咲さんと俊さんが私を救おうとしてくださっていた様子を見ていました」
「…そっか。もう、体調は大丈夫なの?」
「そんな!咲さんの方が重症だったと聞きましました!…本当にすみませんでした」
「だ、大丈夫だって!私は全然!」
「俺と咲はお前を救おうとした…。だが、あの日にあったことは俺は許せない。死神に操られていたとしても…そうじゃなくてもだ」
俊の言葉が私にも重くのしかかる。その何倍も麻里ちゃんは感じているはずだ。
「はい。私は許されなくても当然のことをしてしまったと感じております…本当に申し訳ありませんでした」
麻里ちゃんの声は震えていた。それを聞く俊の瞳も揺れていた。
「もっと本音で話そうよ!」
思わず大きな声が出てしまった。
「…本音?今のが本音だ」
「じゃあ私からね。…俊も!麻里ちゃんも!こんなに気持ち悪いまま終わって言い訳ないじゃん!こんなことでさ…友達やめるなんて私はおかしいと思う!…これが私の本音だけど、二人はどうですか?」
なんだか最後は恥ずかしくなり、どんどん声が小さくなってしまった。
「俺は…やっぱり許せない。でも…斉藤がそんなことを言う奴じゃないとも思う。だから…やっぱり、これからもその…」
「頑張れ!」
「うるせぇ…だから、その…仲良くして欲しいと、思ってる。俺とも、咲とも」
「よく言えました!」
俊の頭を撫でてあげる。文句も言わずにされるがままになっているので、相当な勇気を使ったらしい。
「麻里ちゃんも…言っていいんだよ」
既に泣きそうになっている麻里ちゃんに出来るだけ優しく問いかける。
「私…仲良くだなんて…言われると思ってなくって…。ありがとうございます…。私も仲直りしなくてもいいから、俊さんと咲さんとお友達でいさせていただけないでしょうか…」
最後は顔を上げて話してくれた。
「うん!もちろんだよ!俊もいいね?」
「…あぁ。よろしく頼む」
「はいっ!ありがとうございます…」
なんだか全員がいっぱいいっぱいになってしまい、三人とも顔が緩んでしまっている。
「その様子だと〜、大丈夫そうだね!良かった〜」
「菜乃!…ん!もう平気だよ」
菜乃がいなければ、もっと酷い状況だったかもしれない。親友がいてくれて良かったと心の底から思った。
「それで三人とも…ホームルームが始まっちゃうよ〜」
「嘘!もう、そんな時間?」
俊に腕時計を見せてもらうと、後5分でホームルームが始まってしまう時間だ。
「じゃあ、またね俊!麻里ちゃん、菜乃行こう」
「は、はいっ!」
「じゃあね俊く〜ん」
「ん、また後でな」
私達はやっといつもの日常に戻れたようで、私も、みんなもいつもより顔が穏やかだった。

「き、気づかなかったけど…麻里ちゃんなんだかスッキリしたね!」
「あっ、はいっ!」
本当に気づかなくて申し訳ない。それぐらい、麻里ちゃんは変わっていた。もちろんいい意味で。長くてストレートの黒髪はバッサリ切られていて、何より今まで後ろにずっといた死神も見えなくなっている。
「今更かよ…本当、咲は鈍感だな」
「う、うるさいなぁ!でも、本当にごめんね気づかなくって!」
「全然いいですわ!私こそ…この度はなんと御礼をしていいか…」
「そ、それこそ気にしないで!麻里ちゃん全然悪くなかったんだから!」
そんな言い合いをしている今はお昼休みの時間だ。北斗君の所へはまだ行けない。里香先生がまだ、傷が治りきっておらず、明日からの出勤らしい。なので、北斗君は明日から登校だ。
「別にいいんだけどさ〜。私だけ仲間はずれみたい」
菜乃がお菓子を口に入れたまま、モゴモゴと話した。
「ご、ごめんね。いや、ごめんなさい…」
「気にしてないから〜。それよりさ!今度みんなでお出かけしようよ〜。麻里ちゃんを入れて遊ぶのはまだなかったでしょ〜」
いつも通りのおっとりとした話し方に戻った菜乃が提案してきた。
「いいね!麻里ちゃんも都合とか大丈夫かな?」
「…全然大丈夫ですわ!むしろ…私もご一緒してもよろしいのですか?」
「当たり前だよ!じゃあ決まりね!」
「俺の都合は無視かよ…」
「いや、俊はどうせ暇じゃん」
図星をついたようで、俊はムッとした顔のまま黙ってしまった。
「じゃあ今週末の日曜日に駅前のショッピングモールに…11時ぐらいでどうかな?」
「お昼も食べる感じか…。まあ、俺は大丈夫だ」
「うん。私も大丈夫〜」
「私は…一度お母様に聞いてみます!」
その返答でやっぱりお嬢様なんだなと、改めて思う。
「あ、そうだ!麻里ちゃんもさ、連絡先とか交換しよう!」
「はい!もちろんですわ!」
そして、私と俊、そして菜乃のいるグループに招待して送られてきたスタンプは可愛らしい黒猫のスタンプだった。
「可愛いね〜。このスタンプ」
「はい!うちの猫みたいで可愛くって。お気に入りなんです!」
それを自慢げに語る麻里ちゃんの方が可愛らしく見えてしまう。こうやって笑ってる麻里ちゃんが一番可愛いなと心の底から思った。