歯が立たない。その言葉通りの現状だった。
「咲!一旦下がるんだ!」
俺はもちろん、周りの里香先生、北斗そして咲までがぼろぼろだ。
「大丈夫!私は大丈夫だから…里香先生をお願い!」
「っ…!任せろ!」
無力。それを思い知らされた。隣で倒れている里香先生をなんとかおぶりながら外へ出る。薙刀を振り回して戦う先生の姿は優勢に見えていた。だが、死神の一撃をモロに喰らい重傷を負っている。今戦っている北斗と咲もいつまで持つか分からない。そんな状況だ。
「この人お願いします!」
家の外にいた斉藤の世話係の人たちに先生を預けて、もう一度きた道を戻る。あんなに立派に建っていた新築の家は見る影もない。
「俊!咲のフォローに回れ!」
「分かった!」
大技の連発により戻った頃には咲だけが戦っていた。北斗はどうやら力が持たなかったらしく、三歳児の姿になってしまっている。
「咲!…青炎招来!」
死神に向かって放たれた炎は咲に当たらないよう細心の注意を払う。死神がそれを後ろのとび、避けた瞬間に咲を片手で抱えて北斗の方へ向かう。
「…大丈夫か?!咲?」
「…俊?ありがとう助けてくれて…」
大技の連発のためか、咲の霊力がかなり減っているのを感じた。
「北斗!咲の手当て頼むぞ!」
「俊!」
死神のいる方へ再び戻る。奴も疲れてきているようだ。
「羅羅招来!」
飛び出す羅羅の鋭い牙が死神を捉えた。後ろの咲や北斗に注意を払いつつ、距離を取ったまま戦う。それがベストだと感じたからだ。死神の腕にかぶりついた羅羅を鎌を使って死神が取ろうとしている。鎌の使い方は魂を狩るためのものだと聞いていたが…その余裕すら無いと考えたい。羅羅があっという間に倒される。
「麻里ちゃん!俊!麻里ちゃんが!」
斉藤だけが別行動を取り始めた。そのまま屋上へ続くらしい階段を駆け上っていく。
「くそっ!俊!少女を先に処分するつもりだぞ!おそらく…自殺させる気だ」
「麻里ちゃん!駄目!待って」
どちらを取ればいい!咲や北斗に死神を任せるべきか…それだと二人への負担が大きすぎる!
「私が行く!俊は死神をお願い!」
「駄目だ咲!傷口が開く!」
「私が行かなきゃ…大丈夫だよ北斗君」
北斗の止める手を無視して咲が死神の攻撃を避けながら上へ上がる。
不甲斐ない…咲は女なんだぞっ!俺がしっかりしなくてどうする!
「こんなに腹が立ったのは初めてだ」
ボソッと本音が溢れる。目がはっきりと今覚めた気がする。頭に攻撃を喰らい血が足りなくなっていたからかもしれない。羅羅や青炎は効かない…だったら動きを封じればいいだけじゃ無いか。いつだって冷静に判断する…親父に教わっただろうが。
「巴蛇招来!」
巴蛇は中国に伝わる大蛇だ。親父に見せてもらったものよりもやはり小さい。だが、死神の動きを止めるには充分だ。あっという間に死神は巴蛇に巻きつかれ、身動きが出来なくなった死神。
「北斗!死神を頼む!」
「任せろ!」
まだ終わってない…咲!

「来ないでよ!あんたなんか大っ嫌いよ!」
「麻里ちゃん!ごめんね…でも私はあなたを救うためにきたの!」
今にも飛び降りそうな斉藤を引き止める咲の姿があった。
「咲!」
「俊!…良かった」
俺がきて気が抜けたのか咲の止める力が弱まり、さらに斉藤が暴れる。
「もうやめろ!斉藤!」
「ここまできても…あなたは麻里とは呼んでくれないのですね…なら、死ぬしか無いじゃ無いの!」
パン!力が強すぎたかもしれないだが、叩かずにはいられなかった。
「命を軽々しく見るな…。お前の人生がこんな形で終わっていいわけがないだろうが!」
心の奥底から出てきた本音が飛び出した。そのまま彼女は力尽きたのか後ろへ倒れ込んでいく。
「だめ!麻里ちゃん!」
咲が動き斉藤の腕を掴み俺の方は思いっきり投げる。斉藤が飛び込んでくると同時に咲が落ちていく。
「咲!」
何が起こったのか考えたくもなかった。斉藤を退かし落ちていく咲に手を伸ばすが、その手は宙を掴んだ。
「ごめん…俊、麻里ちゃん」
「駄目だ!駄目だ…咲!」
俺は世界で最も美しい涙を流してこっちに微笑む咲を見つめることしか出来なかった。

落ちていく体を受け入れる。心の準備なんてできていなかった。頭の中を駆け巡る思い出は俊で溢れている。…これが走馬灯か。衝撃を受ける前に私は意識を手放した。暖かい温もりを感じながら。

真っ白な空間に投げ出されるようにして、意識がはっきりしてきた。
「咲さん…お目覚めのようですね」
「ん?私は…麻里ちゃん!」
「ふふっ、全く人の心配よりもご自分の心配をされてください」
「あのっ…ここはどこなんですか?」
目の前のこの世のものとは思えないような綺麗な顔をした男の人に尋ねる。
「あなたはここにくる前のことを覚えていますか?」
「ここにくる前…」
鮮明に思い出したのは落下している時の恐怖。
「あ…わた、私…うっ!」
「す、すみません!嫌なことを思い出させてしまいましたね。ゆっくり深呼吸してください」
言われた通りに深く息を吸い、吐く。
「す、すみません取り乱してしまって…。それで、ここはどこなんでしょう?」
「はい。ここは天界と呼ばれる場です。私は天界の使いです」
「天界ってことは…やっぱり私は死んでしまったんですね…」
「いえ!それは違いますよ咲さん。あなたはまだ死んではいません。…誠に勝手ながらあなたが意識が戻らない間にと思い、お詫びに上がりました。…実はあの死神が麻里さんの魂を狙うというのは間違いだったのです」
「つ、つまり…麻里ちゃんは…私は」
「はい!麻里さんも咲さんも無事です。…本当に今回は天界がご迷惑をおかけいたしました」
「そんなそんな!全然大丈夫ですから!…そのじゃあ私は戻れるんですね…生きててもいいんですね…」
「もちろんです!」
涙が止まるということを知らずに流れ続ける。使いの方の手はなんだが生きているように暖かくて安心する。
「それでは咲さん…あなたはもうお帰りください。皆さん…あなたが目覚めるのを待っていらっしゃいますから」
「はいっ!」
一瞬にして何も見えないほどの光に包まれる。帰れる…麻里ちゃんも無事!これほど喜びを感じたことはない気がする。そのまま私は光に身を任せた。

暖かい気持ちのまま目覚める。目をうっすらと開けると白い世界…天井が広がっている。痛む体を少し傾かせ、首を動かして隣を見ると俊がいた。目を真っ赤にはらし、目を見開いてこっちを見ている。そして、そのまま声を絞り出した。
「…俊?」
「咲?…馬鹿やろう!どれだけ心配したか分かってんのかよ」
「ご、ごめんね」
目を擦りながら私を叱る彼を見て、戻ってこれたことを実感する。俊に手を握ってもらっていると思っていたが、その手の先は青年姿の北斗君だった。
「咲…無事で良かった。咲が落ちてきたのを二階の窓からみて、すぐに受け止めたから助かったんだぞ。…ごめんな俺は何も出来なくて、二人の足を引っ張ってしまった」
「そ、そんなの全然大丈夫だよ!…あっ!それより麻里ちゃんと里香先生は?」
「ん?二人とも無事だ…ったく、お前は自分の心配を先にしろ!」
「あはは。また、おんなじこと言われちゃった…そうだ!あのね…麻里ちゃんに付いてた死神のことなんだけど…」
私は先程天の使いの人に聞いた内容をそのまま二人に伝えた。
「そうか…そうだったか。天の使いが…」
「つまり…斉藤は間違って狙われてたってことか?じゃあ俺らの特訓はなんだったんだよ!」
「まぁ、いいじゃん!落ち着いてよ俊」
「俺はいつでも冷静だ!…咲、俺は知ったんだ」
「な、何を?」
まだ泣きそうな顔をしてこちらを見つめてくる彼の目に吸い込まれそうになる。
「…俺は咲がいないとダメなんだ。咲を失いそうになって、初めて大切な人を失うことは怖いって分かったんだ…だから、もう絶対無茶すんな、俺の側から勝手にいなくなるな…バカ姉貴」
予想外すぎてまだ頭が追いつかない。でも納得できた。私も俊がいなくなるなんて考えたくもないしら考えられない。俊もそう思ってくれたってことだよね。
「うん…絶対離れないから覚悟してね!…もーう!絶対元気になったら一回抱きしめたい!」
「な、何恥ずいこと言ってんだ!」
「だって、俊が安心してくれるでしょ。私はここにいるって分からせたいの」
「〜っ!勝手にしろ!」
真っ赤になって否定する姿はやはり愛おしい。
「麻里ちゃんには元気になってから会いに行こうかな!」
「そうだぞ咲!家のことは俺らに任せて、しっかり休むんだぞ!」
「うん!ありがとう!」
その後俊には着替えを取りに行ってもらい、北斗君から里香先生と麻里ちゃんの容体について聞いていた。
「麻里は気絶していただけだから直ぐに起きるだろう。里香も頭を強く打ったが、命に別状はないそうだ。咲は打撲が多かったからな…何かあったら直ぐにナースコールを押すんだぞ!」
「うん。そうするよ、ありがとう」
それで話しは終わるかと思ったが、北斗君は一向に立とうとしない。
「ど、どうしたの?」
「本当は…もう一つ咲に話さないといけないことがあるんだ。…実は俺の力なことなんだが」
北斗君の力が死神に奪われてしまった、そしてその力は死神を倒したことにより戻った…そう思っていた。
「俺の力を奪った奴はあいつではないらしい…そして、そいつの…いや、死神の親玉が俺の力を持っているらしいんだ」
「それってつまり…」
「そうだ。俺の力はまだ、戻っていない」
痛いほど冷たい空気が漂う。
「そっか…じゃあまだ頑張れるね」
「…えっ?」
なんだか泣きそうな顔をしてこっちを見つめている北斗君の手を取る。
「私ね…今回全然思ったように動けなかったの。足もたくさん引っ張っちゃったしね。俊にも心配かけて…反省点しかないんだ」
北斗君の綺麗な瞳に私が映り込む。
「だからさ、これからももっと成長したい…させてほしい!北斗君じゃなきゃダメだから。私たちには…だからさ、もっと私達を鍛えてほしい」
これが私の本音だ。うまく言葉にできなくても、少しでも伝わればいい。そう思って話した。
「なんだか、咲には元気づけられてばかりだな…ありがとう咲」
握られた手に力が込められるのをしっかりと感じた。その瞳がまた真っ直ぐで尊いものに変わるのを見た。こんなにも胸が熱くなるのを感じたのは初めてだ。北斗君の力になれる…それこそが今の私の一番の喜びだった。