「痛ーい!」
「頑張れ咲!立つんだ!」
「まだまだだな咲」
尻もちをついている私に手を伸ばしてくれているのは俊と青年姿の北斗君。二人とも見慣れないジャージ姿だ。勿論私も中学生の頃のジャージだ。私たちは、今、むだに広くできている家の庭で死神を倒すための特訓中だ。
「ふう〜。ありがとう二人とも。…俊はどうなの?術の方は」
「俺は…」
「まだまだだな」
「っ!そうだよ。俺もまだまだだ」
北斗君にしっかり指摘されてしまい、俊もやる気がでたようだ。
「咲はもっと広範囲にも攻撃が出せるようになるといいな。そして、俊はその術をもっと相手に効くよう強くしなくてはならない」
私は剣術で戦い、俊は術で戦う。この戦い方は両親から習ったものだ。私はお母さんから剣術を。俊はお父さんから術を。
「やっぱり、親父とお母さんは俺らより強いのだろうか」
「その通りだ。二人は強かったぞ!」
「な、なんで北斗君が知ってるの?」
言ってはいけないことを言ってしったようで、青ざめた顔の北斗君。
「…まあ、いずれ言おうとしていたことだ。今言ってしまおう。…二人の両親である、月子と大輝は俺の幼なじみみたいなものだ。二人もあの学校の卒業生だからな」
「幼なじみってどういうことだ?」
俊がやや真剣な顔で問う。
「あの丘の裏に俺の社が立った頃に、二人はやってきた。俊と咲のようにな。仲が良かったから、付き合っているのかと何度も聞いたんだが、二人は付き合うわけない!としか答えなくてな。二人は俺のことが見えていて、よく放課後に遊びに来てくれたんだ。…だが、時の流れは早いものであっという間に卒業になる」
話が進んでいくうちに北斗君の表情も苦しそうだ。
「だが!こうして今、咲と俊がまた俺を見つけ出してくれた。あの頃に戻ったようで何もかもが楽しいんだ。月子の娘、大輝の息子だとは気配ですぐに分かった」
「北斗君…でも、なんで隠してたの?」
苦笑いしながら彼は続ける。
「それは…だな、月子に言われていたんだ。こうやって昔の話をすると恥ずかしいからとな。この間、電話をして月子に聞いたら怒鳴られてしまったよ。…でも、やっぱり優しかった。この家に住むことも、許可してくれた」
「親父は知ってるのか?」
「あぁ、勿論だ。月子と話した後に月子が変わってくれて。大輝も喜んでくれた」
北斗君のことがもっと知れて嬉しい。沢山大変なことがあっても、彼が今笑っている。それがなによりも、嬉しくて大切なことだ。
「さあ!昔話はこの辺にして。特訓の再開だ!今のままじゃ二人とも、両親に笑われてしまうぞ!」
「「それだけは嫌だ!」」
俊と目を合わせて講義すると、北斗君は変わらない笑顔で応えてくれた。
「あはは。そうだな、頑張ろう!」
「うん!」
「…おう」
私たちは麻里ちゃんについた死神を倒したい。北斗君の力ももちろん取り戻してあげたい。そのためなら、特訓にも耐えられるそう思っていた。

「咲!もっと重心を下にしろ!このままじゃ何もできないまま終わるぞ!いいのか!?」
「いいわけないです!けど…」
厳しいと北斗君から聞いていたが、本当にこの人は先生なのか、鬼なのかというほど厳しい特訓に私は心も体もボロボロだった。
「先生…ちょっと休憩しませんか?」
「まだ、30分しか立ってないんだぞ?」
「うそ…」
私の中では1時間はたっていると思っていたが、厳しい特訓のせいか、ついに私の中の時計は壊れてしまったらしい。
「まぁ、初日だからいいだろう。丁度おやつの時間になるしな。一度家に戻るか」
「はい!」
「休憩となるといきなり元気が出たな…」
「えへへ」
今日は私の家に特別講師が来てくれていた。その特別講師が保健の里香先生。北斗君と私たちの事情を理解しているらしいこの先生は、私に剣術を庭で教えてくれている。先生は薙刀が得意なんだとか。
先生にアドバイスをしてもらいながら、家の中に戻ると、俊がソファの上で伸びていた。彼もお疲れのようだ。
「咲…お疲れ」
「俊もね。私も入れて〜」
広いソファの上に二人で寝転ぶ。いつもはこんなことをすると、すぐ俊に怒られてしまうが、怒る気力もないほど彼もまた疲れていた。私たちの横では里香先生と北斗君が話していた。
「里香、咲の方はどうだ?」
「そのことなんですけど…何にも教えてないんですね!技の習得には結構かかると思いますよ。なんで何にも教えてあげながったんですか?」
「うん。俺が教えるよりは、やっぱり専門の里香のお手本を見ながらの方が伸びると思ってな。俺は俊のように術の方が専門だから」
「私は薙刀専門ですから!全然違いますから!…それで、俊君の方はどうなんですか?」
「俊は才能の塊だ。あいつは直ぐにやったことを覚え、実行できる。だが、やはりどの技も何というか威力がない。何か一つでも大技を作るべきだと思う」
最もな意見を言われてしまい、ソファにうつ伏せのまま顔を上げられない。どうやら俊も、同じようだ。頭をグリグリとソファに押し付ける。油断すると、悔しくて涙が出てきてしまいそうだ。ぽんと、私の頭に手がのる。そのままぐしゃぐしゃに撫でられる。その手の行方はやはり彼。
「…泣いてんのか?」
「俊だって。泣きそうじゃん」
お互いに顔を見合うと、彼の目元もうっすら赤い。おそらく私も似たようなひどい顔だろう。私の頭を撫でながら俊は続けた。
「俺は…自分にはもっと実力があると思ってたんだ」
「私も…あそこまで酷いとは思わなかった」
このままでは、死神どころか何も大切なものを守ることはできないと、思い知らされた。
「俊はまだいいよ。褒められてたじゃん」
「咲こそ。窓から見てたけど、俺はあんなに動けねぇよ」
俊が見ていたことなんて気づかないほど、集中していたということなのだろうか。
「二人でさ。一人前になればいいのかな」
「…そうかもな。俺にできないところを咲が埋めてくれ」
「うん。俊も私にはできないことを助けてね」
しばらく見つめ合いながら微笑んでいると、私たちの間に小さな姿の北斗君が飛び込んできた。どうやら、ずっと青年の姿だったのが負担になってしまったらしい。
「ご、ごめんね。北斗君疲れちゃったよね」
「心配ないぞ、咲。ただちょっと…ね、むく…なっ…て」
ぽんぽんと背中を優しく叩いてあげていると、可愛い寝顔が見えた。
「やっぱり、負担になってたのかな」
「疲れただけだろ…まあ、そうかもな」
「二人とも、その神様はほっといてこっちでお茶しながら、話そうか」
「「はい」」
ソファから北斗君を起こさないよう、慎重に降りる。俊が気を利かせてタオルケットをかけてあげていた。
「北斗さんと私が言ったように今のままだと、二人は死神を倒すことは不可能に近い」
厳しい里香先生の眼差しが私達に向けられる。さっきの特訓で私達にも痛いほど分かった。実力不足だと。思わず私も俊も先生から視線を逸らしてしまう。
「だから、この特訓を開始したわけだが…私もいつも二人に付き合うことはできない。だから、二人には平日の放課後は北斗さんと特訓をしてほしい。そして、休日は私が見よう」
「…っ!ありがとうございます!」
休日に先生が来てくれると、北斗君の負担は少しでも減るかも知れない。
「明日からまた学校なわけだが…いけそうか?これからは放課後には遊びに行けないんだぞ」
「分かってます。俺も、咲もそこはちゃんと最初から大丈夫です」
「はい。少しでも早く強くなりたいんです!」
厳しい先生の眼差しが緩まる。
「ふふっ。それなら大丈夫だな」
明日から私と俊の本格的な特訓が始まろうとしていた。

「帰ろっか咲!」
「ご、ごめんね菜乃。今日から一緒に帰れないんだ…」
今日から放課後は俊と北斗君と特訓だと決まっている。そのため、彼らと一緒に早く帰ることにしたのだ。嫌な気持ちにさせてしまったかも知れない。視線が思わず下にいき、菜乃の顔が見れない。
「ふ〜ん。昔から咲は私に隠し事が多いな〜。でも、きっとそれはきっと誰かのためにしてることなんでしょ?なら、全然いいよ」
「…菜乃!」
あまりにも優しい言葉に安心して、彼女に抱きつく。
「私は、こんなに小さなことで咲を嫌いになんて絶対ならないから〜。安心しな〜」
「ありがとう菜乃。大好き!」
「あはは、ありがとう。私もね」
二人でぎゅうぎゅうしてると、後ろに殺気を感じ、思わず振り向く。
「あのっ!咲さん…私も一緒に帰っては行けませんか?」
「…麻里ちゃん」
やはり麻里ちゃんの後ろにいる死神が、私に殺気を送っている。正直何度見ても恐ろしい。
「麻里ちゃん…ごめんね。私、一緒に帰れないんだ」
「な、なぜですか?もしかして、また委員会のお仕事ですか?」
「ち、違うよぅ。でも、あの、えっ〜と」
言葉が続かない。説明したくても説明できない。
「咲!…帰るぞ」
教室の入り口を見ると、いかにも不機嫌そうな俊がいた。私に呼びかけているのに、その視線は死神に向いている。
「…うん」
麻里ちゃんの表情は私が下を向いているせいで分からない。彼女に嫌われたかも知れないと、不安でいっぱいだった。トンと肩を掴まれた。その手はいつのまにか私達の側にやってきた俊のものだ。
「斉藤…だったか?いいぞ。途中までなら一緒に行っても」
「本当ですか?!…ありがとうございます俊さん。…支度して参ります!」
自分の席へ向かう麻里ちゃんを見つつ、隣の俊と菜乃に聞かれないよう、小さな声で話す。
「ちょっと俊。大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。途中までだし、北斗はもう帰ってきてるらしいぞ。ほら」
俊が見せてきたスマホには、青年の姿で笑顔でこちらに「今日は早めに帰ってきたから、もう夕飯作っておいたぞ!」というメッセージがあった。
「お待たせいたしました!」
「…帰るか」
丁度話終わったところで麻里ちゃんも合流する。
「麻里ちゃんもいいならさ〜。私もいいよね?咲〜」
そう言って私の肩に飛びついてきたのは菜乃。
「ご、ごめんね。勿論一緒に帰ろう!」
麻里ちゃんの許可が降りたなら、菜乃も一緒でいいはずだ。俊も別に何も言わなかったからいいだろう。

「何ていうか〜私はこうなるのが予想できてた気がするよ〜。咲が仲間はずれにされるとね」
「べ、別にそんなんじゃ…ない?」
前を歩く俊と麻里ちゃん。美男美女でお似合いだ。隣でニヤニヤしながら話しかけてくる菜乃の言う通りで、二人の目…正確には麻里ちゃんの目には私達は既に写っていないようだ。
「あ、あの!俊さんは何かお好きなものはございますか?」
「…俺は、卵焼きとかか?」
「卵焼きですね!今度お作りいたします!」
「あ、ありがとな」
麻里ちゃんはもっと大人しい、お嬢様だと思っていたが、なかなか積極的だ。隣の菜乃も同じ意見のようだ。
「ほ〜う。あれは完全に恋する乙女の目」
「そうかな?でも、確かにそうかも…」
そんなことを話しながら帰っていると、あっという間に分かれ道だ。私と俊は右に、麻里ちゃんと菜乃は左に曲がる。
「じゃ、じゃあまたね。二人とも」
「うん。また明日ね〜」
私と菜乃は挨拶をしたが、前の二人は立ち止まって動かない。
「じゃあな。斉藤」
「…っ!あの、俊さん。我儘だとは分かっておりますが…どうか、私のことも麻里とお呼びください!」
突然すぎる申し出に俊はもちろん、私達も驚きを隠せない。何と答えるのかと俊を見つめていると
「…それはできないな」
「な、なぜですか?だって咲さんは…」
麻里ちゃんの言いたいことは分かった。私は俊に名前呼びをされているが、なぜ自分はダメなのかということだろう。
「咲と比べるな。咲は俺の姉貴だ」
「分かっておりますが…本当のご兄弟ではないんじゃ…あっ!」
言ってはいけないことを言ってしまい、戸惑っているのか、麻里ちゃんの表情は真っ青だ。
「本心がそれなんだな…咲、帰るぞ」
「でもっ!」
「いいから。早く帰るぞ」
「ちょっ!俊!」
私の手をひき、ぐんぐんと歩いていく俊。結局、麻里ちゃんとは挨拶できずに私達は家に帰ってきてしまった。リビングに入った途端、俊は鞄を放り投げ、ソファに突っ込んだ。
「はあ〜。めんどくせぇ」
うつ伏せだから、表情は見えないが「これだから、咲以外の女子は嫌いだ。どうせ、泣いて謝る」そう、ボソッというのが聞こえてきてしまい、不機嫌なのは十分伝わってくる。
「お、おかえり二人とも!ん?俊はどうしたんだ?」
「あはは、何でもないから大丈夫だよ!…それよりも北斗君夕飯まで作ってくれてありがとう〜」
何も知らない北斗君に話してしまうと、更に俊の機嫌を損ねそうで、わざと話題を変える。出迎えてくれたのは三歳児の姿の北斗君だ。夕飯を作り終えて、力尽きてしまったらしい。北斗君には先に庭に出て、特訓の準備をしてもらった。ソファの角に座ると、俊の肩がぴくっと反応した。
「私は気にしてないからさ…機嫌直してよ」
小さな子供をあやすように優しく肩を叩く。
「ん」
俊は小さく返事を返して、モゾモゾと動き出した。そのまま飛び起き、庭へ出る。その後に私も続く。
「起きたな俊。何があったかは正直どうでもいいから、早く始めるぞ」
「…おう。そのつもりだ」
俊の機嫌も治ったので、早速特訓に入る。
「今日は二人で戦ってくれ」
「わ、私と俊で?」
「そうだ。俺は二人の攻撃の駄目なところを指摘しよう。さあ、準備しろ」
私は足と膝に小手をつける。俊も術の使用のために気を高めている。
「二人とも準備はいいな」
「「はいっ!」」
「それでは初め!」
先に動いたのは俊だった。
「青炎招来!」
青い炎が私に向かって放たれる。青い炎は赤い炎よりも威力が強く、避けても体が燃えるように熱くなると、以前俊が言っていた。なので避けてもあまり意味はない。それなら…消せばいいだけだ。大きく息を吸い、前回里香先生に教えてもらった通りの順番で刀を振るう。
「冷水の舞!」
刀の先に霊力を込め、力一杯振るう。舞ながら攻撃することで、その技が出る。私が今放ったのは、基本中の基本である冷水の舞。あっという間に炎は冷水の舞の力が乗った刀に触れたことにより、あたかたもなく消えた。初めての成功に思わず顔が緩みそうになるが、堪え戦いに集中する。
「うそっ…!」
俊の方を向くと、大きな虎が彼の隣に佇んでいる。本物かと一瞬思ったが、術で作られた物だとわかった。
「いけっ!羅羅!」
恐ろしい牙を持った虎が襲いかかってくる。羅羅ということは、中国の妖怪だ。こんなに高度なものまで出せるなんて…負けてられない!飛びかかって来た羅羅を避けるのは間に合わずに、腕が少し噛まれてしまう。鋭い痛みに顔を顰めるが、すぐに攻撃の姿勢を取る。
「安楽の舞!」
先程の冷水の舞と違い、少し高度な技だ。相手の気持ちを落ち着け、そのまま一気に隙を突き、攻撃する技だ。舞を始めると腕の痛みが強まる。だが、ここで折れては負けてしまう。そのまま一気に虎に向かって剣を振りかざす。威力は少なかったが、十分羅羅の内側には響いたようで、そのまま煙となって消えた。
「そこまで!」
「咲!」
腕が痛くて上がらない。技を決めた後にそのまま座り込んでしまった。霊力も使い切ってしまい、うまく足が動かなかった。
「俊…すごいねあれ、羅羅でしょ?」
「バカ!傷を見せろ」
肘の小手を取り、傷口を見てみると思っていたよりも深い傷だった。
「深いな…とりあえず中に入ろう」
俊に抱えられ、そのまま中に入ると青年の姿になった北斗君が救急箱を抱えて走ってきた。
「ほ、北斗君!走らなくて大丈夫だから!」
青年の姿で午前中いたせいで、疲れていると思い、思わず口が出てしまった。
「俺は咲に心配されるほどやわでは無いぞ。大丈夫だから今は自分の心配をしろ」
「うん。ありがとう」
俊が傷を洗ってくれ、そのまま包帯を巻いた。一週間で完全に治ると北斗君が言ってくれた。
少し休むと、霊力が戻ったようで普通に歩くこともできるようになった。
「おいひぃ〜。北斗君お料理上手なんだね!」
「そうか?嬉しいな」
ほっぺの周りにご飯粒をつけながらも嬉しそうに笑って応えてくれる。
「ごほん…それで咲。明日もあいつらと帰るのか?」
俊がわざとらしい咳き込みをし、聞いてきた。
「んー?どうしたらいいかなぁ」
「何のことだ?」
北斗君が不思議そうな顔をして見つめてくるので、事情を説明する。
「なるほど、それで俊は拗ねていたのだな」
「拗ねてねぇ」
「まぁ、大丈夫だよ。麻里ちゃんも悪気があっていったわけじゃ無いしさ」
「悪気があったら困る」
麻里ちゃんを救う。そのために頑張っているけど、あんなことを言われたら流石の俊も傷ついたらしい。
「そうだな。きっと大丈夫だぞ!」
「じゃあ私が洗い物するね!今日何にもできてないし…」
「「座ってろ!」」
「へ?」
あまりに大きい声で言われてしまい、間抜けな声が飛びてでしまった。
「お前は怪我人なんだぞ。今無茶をして、明日斉藤と話せなくてもいいのか?」
「…ありがと。じゃあそうしてもらおうかな」
「それがいいぞ!俊、すまんが頼んでいいか?」
「そのつもりだ」
斉藤…俊は麻里ちゃんの呼び方を変える気はないようだ。
「じゃあお風呂だけでも!沸かしてくるね」
「そうだな。頼む」
「うん!」
三人で暮らすことに慣れてきて、私も俊も家に誰ががいる。その喜びを噛み締めているのだった。

「おはよ。咲、昨日は俊君大丈夫そ?」
「うん。拗ねてたけどね」
「そっか〜良かった」
教室に入るなり、菜乃が話しかけてくれた。昨日気まずいまま帰ってしまったので、いつも通りで安心した。
「それでさ…麻里ちゃんはどうだった?」
「うん…あの後、今日は迎えが来るからって私だけで途中から帰ったんだ」
「そっか…」
麻里ちゃんはまだ来ていない。昨日のことを気にしているのかもしれない。連絡先の交換ぐらいしておけば良かったな。
「咲…斉藤は?」
「俊?あっ…麻里ちゃんはまだだよ」
「来るのか?」
「それは分かんないよ」
「そうか」
それだけ言って俊は隣の教室に戻ってしまった。結局今日は麻里ちゃんは学校に来なかった。そしてそれはついに一週間にも及んだ。
「俊、麻里ちゃん来てないね」
「…そうだな」
「気になるなら行ってくればいいだろ?二人で!」
「北斗君〜そんなに簡単じゃないんだよー」
ギュッと北斗君を抱きしめて呟く。
「いや、斉藤が来ないなら俺らが行くべきだ」
「…俊?大丈夫?」
「俺はもう気にしてない。斉藤も気にしなくていいんだ。それを伝えるだけだ」
「そっか。じゃあ明日祝日だし、行ってみようか!多分場所は行けば分かるよね、お家大っきそうだし」
「そうだな」
私達の会話を聞いていた北斗君もほっとしたようで、いつのまにか寝てしまっている。
「ん?ほくとくーん。…寝ちゃったか」
「しょうがねぇな。布団行くぞ」
「うん」
北斗君も寝かしつけ、私達も眠りについた。

「本当に…ここ?」
「だって他にこんなに大っきい家見たことないもん!」
「まぁ、確かにな」
私達が見つけ出した家はこの少なくとも、この町で一番大きな新築のお家だ。
「ここじゃなかったったらもう分かんないよ」
ピンポーンとドアベルを鳴らす。目の前に聳え立つ真っ黒な門はまるで巨大な檻だ。
「はーい。今お開けいたします」
「あ、ありがとうございます!」
中から優しそうな女の人の声がした。麻里ちゃんの声ではなかった。
「誰だろ?お手伝いさんとかかなって…なんか変な感じする」
「変な感じ?」
「ご、ごめん。勘違いだったかも…でも、なんか…」
ギギギと大きな音がなって門が開いた。
「い、行こうか」
「…ん。そうだな」
しばらく大きな庭を歩いてやっとたどり着いたのが大きなドアの前。
「ようこそいらっしゃいました…どうぞ」
「「お邪魔します」」
中に入ると予想通りの大きな玄関。モコモコのスリッパを履き、中に通してもらう。
「お嬢様なんですが…少し取り乱しておりまして…お二人がいらっしゃるのをお待ちしていました」
「取り乱しているって…どんな感じなんですか?」
通してくれた人が眉を顰める。
「それは…見ていただいた方が早いかと…」
二階に登る。どうやら二階が麻里ちゃんの部屋のようだ。
「どうぞ」
ドアが開いた瞬間に耳がおかしくなるような悲鳴が耳を貫いた。
「ぎゃあああー!」
叫んでいるのは紛れもなく麻里ちゃんだった。
「なに…これ」
「斉藤…なのか?」
「はい。一週間ほど前からこのような状態になってしまわれて…お医様も様子を見るしかないと…」
隣にいた女の人が話してくれている間も、私達は麻里ちゃんの後ろにいる死神から目が離せなかった。
「俊…あれって」
「くそっ…!もっと早く来るべきだった!」
どうやら私の変な感じの原因はこれだったようだ。
「あれはもう…ただの死神じゃない。そして、おそらく彼女も正気を保てないだろう」
「ほ、北斗君!」
「念の為ついてきたんだが、正解だったな」
後ろを振り返ると青年姿の北斗君がいた。
「危ないので麻里さん以外の人は外に出るようお願いしたい」
「ひゃい」
横にいたお手伝いさんたち全員が、北斗君の顔に見とれたまま部屋を出て行った。
「これで思う存分できるな。…だが、あれはもう人には戻れないかもしれん」
「えっ!どういうこと?」
「死神があそこまで大きくなり、少女の心をも支配し始めた今、彼女はもうすぐ…」
その後の言葉は想像しなくてもすぐに分かってしまう。
「…今の俺らじゃあいつを追っ払うことは無理なのか?」
「できないことはないだろうよ。…だけどただでは済まないだろう。俺は二人をサポートするだけの力しか残っていない。だから、戦うのは二人だけになってしまう。それでもやってくれるか?」
やらないなんていう選択肢は私たちの中にあるわけがなく、直ぐに答えは出た。
「やるに決まってるだろ」
「うん!絶対大丈夫だよ!」
改めて麻里ちゃんと向かい合う。ベッドの上に座る体は震えている。だが、その後ろの死神の大きさは以前と比べ物にもならない大きさだ。
「それでは決戦といこうじゃないか」
「…里香先生!」
いつのまにか急いできてくれたらしく、息が切れている里香先生が隣にいた。
「間に合って良かったよ。…状況はあまり良くないな…ほら、咲、武器も持ってきてやったからな」
「あっ!ありがとうございます!」
「咲…武器なしで戦うつもりだったのかよ」
「うっ…もう!いいじゃん!」
心なしか気持ちが明るくなってきた。
「それじゃあ、死神狩りといきますか!」
里香先生も乗り気のようで既に息は整えられ、目の前の死神に視線が向けられている。
「行くぞ二人とも!」
「「はい!」」
麻里ちゃんに向かって…死神に向かって走り出した。