本当の恋とは言えなくて

一週間ぶりに里美と夕食の約束をした。いつもの場所で。
もう11月も半ば。夜は冷えるので首にマフラーを巻いた。

待ち合わせの時間まであと少し。このままでは遅れてしまう…けど…あの公園は通らないって決めたから。横断歩道を渡り、公園の前まで来て一瞬立ち止まり、そう考えて歩きだそうとした時…

「すみません。ちょっと道をたずねてもいいですか?」

後ろから声をかけられ振り向く。

そこには少し小柄で大学生?と言った感じの服装をしている男性が立っていた。目深にキャップをかぶっている。

「はい、いいですよ。」

そう返事をしてその男性に近付こうとした。

「紬!」
聞き覚えのある声で聞き覚えの無い呼び方をされた、と思った時には腕を強く引かれ柑橘系の爽やかな香りに包まれていた。

「どちらに向かわれますか?良かったら私がご案内します。」
頭の上で丁寧な言い方だが少しトゲのある声がした。

気がつくと私は駒山さんの腕の中にいて…

「いえ、だ、大丈夫です。」
道案内を頼んできた男性は帽子のつばをギュッと下げて慌てて公園の中に入っていった。

「ふぅ…」

肩で息をしながらつくため息が頭の上で聞こえた。まだ両腕で後ろから抱き抱えられるようにされていることに気付いてパッと距離を取る。

「何ですか?急に。」
眉をひそめてたずねる。

「今日はどちらへ?急ぐなら親切もたいがいにした方がいいですよ。」

さっきまで私を抱きしめていた両手をズボンのポケットに入れて上から見下ろしながら上から目線な事を言われてカチンと来る。

「何が言いたいかわかりませんが…紬、っていきなり呼び捨てするなんて、私たちそんなに親しく無いですよね。」
思いっきり不機嫌にそう言い放つ。

「…。」
駒山さんはうつむいたまま少し険しい表情で黙っている。

「それじゃあ、確かに私、急いでいますので!」
プリプリと怒りながら歩き始めようとすると…

「公園は通らない方がいいですよ!」
駒山さんが引き留めるようなことを言う。

「分かってます!私なんかが暗い夜に公園を歩いてまた転んではいけないので、最初から公園を通るつもりなんてありません!!」

(何ムキになってるんだろ。)自分で自分に少し呆れてしまった。無意識に早足になり、険しい表情のままの駒山さんの前を通り過ぎようとした。

「待って!私もそちらの方向に用事があるので…」慌てたように私の肩をつかんでそう言いかけた時

「副社長。スイートルームのお客様がお呼びです。」

エントランスから出てきたスタッフが声をかけてきた。

「はぁ…」
一瞬ため息をついたが
「すぐに行きますとお伝え願えますか?」
口角を上げて爽やかな笑顔でスタッフに告げる。

「はい、かしこまりました。」
スタッフの方は深々とお辞儀をしてエントランスから中に入っていった。

「夜は冷えますから。気をつけて…」
無表情にもどった駒山さんは急に優しい事を言い私のほどけかけたマフラーを巻き直してくれた。

ドキッとしてしまった。

「あ、ありがとうございます。ですが心配には及びません。失礼します!」
つい強がってそんな言葉を投げつけてバックパックの肩紐をギュッと握りしめ、今度は振り返りもせずに走り抜けた。

何なのいったい!