本当の恋とは言えなくて

何日も休むわけにいかず、頭の整理がつかないまま出勤の準備をした。

もしカズくんと顔を合わせてしまったらどうしよう…どんな顔をしたらいいんだろう…

不安から身を守るためにマフラーをきつく巻き部屋を出た。

深いため息を吐きながらエントランスのドアを閉めた。

ウィーン カシャン

オートロックがかかる機械的な音が聞こえふと顔をあげると


「紬…。」

目の前に立っていたのはカズくんだった。

青白い顔でとても寒そうに立っているその姿はとても弱々しく見え、思わず駆け寄りその冷たい頬に手を添えていた。

「…会いたかった…」絞り出すようにそう言ったカズくんは私を強く抱き締めた。

離れたく無くてぎゅっとしがみつく。


久しぶりに嗅ぐカズくんの香りに目眩がしそうで胸一杯に吸い込んだ。


顔を合わせてしまったらどうしよう…だなんて思っていたけど、そんなことどうでもいい!どうしようも何も心が…体が…自分の全てがカズくんを求めてしまっていることが隠しきれない。

カズくんはそんな私の気持ちを見透かすようにさらに強く抱き締めてくれた。


「保育園まで送るよ。」

少し和らいだ声でそう言われ、ハッと仕事の事を思い出した。

「た、大変!」
あわてて車に乗り込もうとして、カズくんがドアを開けてくれた。

当たり前に思いかけていたこんなカズくんの行動も、今は胸を締め付ける。


「アイツが...さ。」

カズくんが少し言いにくそうに口を開く。

「…松下さん?」

「…ああ。」

「昨日の夜、家を訪ねてくれた。」

カズくんは少し驚いた顔でこちらをチラッと見る。

「そっか…。実はあのパーティーの前の夜、俺のマンションで相談したんだ。お互い心に決めている人がいて、それをあの日公表しよう、って。もう会社同士の繋がりや損得関係無しに、って。」

「うん。」

「アイツには一杯食わされたよ。俺の事まで騙して…」

「…うん。」

「今日、お昼に会見を開いて俺たちの婚約破棄を公表することになる。」

「えっ?!こんなに早く?!」

カズくんはその問いには何も答えずただ私の頭をそっと撫でてくれた。