本当の恋とは言えなくて

そろそろパーティーが始まるのだろう。会場の照明が落とされた。
カズくんはまだ帰って来ない。
暗くなった会場内。目を凝らしながらキョロキョロと周りを見る。

「副社長がおられない事がご不安ですか?」
松下さんが優しく声をかけてくれた。

「はい、いえ、その…大丈夫です。」
履きなれないヒールで少し痛む足元を見つめる。

「紬先生~!」
聞き覚えのある可愛らしい声がしたかと思うと柔らかい身体で足元にギュッと抱きついてきた。

「たっくん!」
しゃがみこみ、たっくんと目線を合わせる。
スーツ姿に蝶ネクタイ姿のたっくんはとっても可愛らしい。

「たっくんもパーティー来てたんだね。」

「うん!紬先生すごく、すっごく可愛いよ!ドレス良く似合ってる!」
惜しげもない称賛に胸がほっこりした。

「たっくんもカッコいいよ!」

「エヘヘ。」
恥ずかしくなったのかすぐ横に立っていた母親、麗子さんにギュッとしがみついた。

きらびやかなシルバーでワンショルダーのロングドレスが麗子さんの美しさを引き立ててていた。

「紬先生も来られてたんですね。」

「はい。こんな場所…慣れなくて…」

麗子さんと話を始めたところに
「いつもお世話になっております。」
松下さんが綺麗にお辞儀をしながら挨拶をしている。

「たえちゃん!」

「お知り合いですか?」
とたずねてから、カズくんの秘書なのだから当たり前か、と思った。でも…たえちゃん って。

「そうなの。たえちゃんは秘書として働いてるけど、実は有名老舗旅館のお嬢様なのよ。ね。」

「お嬢様だなんて…花嫁修業の一貫で少しお仕事を手伝わせて頂いているだけです。」

花嫁修業…という言葉にドキッとした。

その時
「大変お待たせいたしました。これよりホテルオオサキ30周年記念パーティーを開会いたします。」
どこかで見たことのあるようなアナウンサーが話し始めた。きっと名の知れたアナウンサーなのだろう。

「開会に先立ちまして、お祝いに駆けつけて下さった、大崎会長とは旧知の仲であり、ライバル、かつ親友であらせられますホテルKOMAYAMAの駒山社長より、お言葉を頂戴します。」

(社長?カズくんが挨拶すると打ち合わせに行ったはずなのに
…この後なのかな?)
疑問に思っていると駒山社長がふんぞり返ったような偉そうな態度でステージに現れた。

「まずは、30周年おめでとうございます。また、このようなめでたい席で、僭越ながら我が愚息の婚約発表をさせて頂くことになりました。」

あまりにも急な話で胸がひっくり返るかと思うほどドキッとした。

い、今?ここで? 何も準備出来ていない。心も…身体も…
あわててワンピースのすその皺を伸ばしてみる。
打ち合わせだってカズくんが行っただけで私は何も聞かされていないし。

そんなことを思っているうちに舞台の袖からカズくんが現れた。

「それでは、我が息子でありホテルKOMAYAMAの副社長をつとめております、駒山一翔の婚約者を紹介いたします。昨日婚約式を執り行い正式に婚約者となりました、松下妙子さんです。」

(えっ?!)目の前が真っ白になった。

正式な婚約者 
松下妙子さん

足元が揺らぎ、立っているかどうかもわからない。

虚ろな目に映るステージの上のカズくんの表情が強ばっているように感じた。

背筋をピンと伸ばし美しい仕草で前に進んだ松下さんはステージに上がるとカズくんの隣に立ち腕を組む。

背の高いカズくんの横に立つ黒のマーメイドロングドレス姿の松下さん。二人ともスタイルも良く、気品漂う姿は誰が見てもお似合いだろう。

「紹介するまでもなく、皆さん良くご存じでありますように妙子さんは有名老舗旅館の菊水のお嬢様でありますが、現在は花嫁修業として我がホテルKOMAYAMAを知ってもらうため一翔の秘書をしてもらっております。大変優秀で、内助の功をつとめてくれています。今後は嫁としてしっかりと支えてもらうことになります。まだ未熟な二人てすがどうぞよろしくお願いいたします!」

正式な婚約者として紹介されるのは私だと思っていた。カズくんが確かにそう言っていたはずなのに…

目の前の出来事が信じられず、ただ呆然とその場に立っていることしかできなかった。