本当の恋とは言えなくて

「紬…抱きしめてもいい?」母親が病室を出たのを見届けた後、カズくんが遠慮がちにたずねてきた。

「もちろん!」心配をかけまいと無理に笑顔を作る。

真綿をくるむようにそっと抱きしめてくれた。ふんわりと香る柑橘系の香りに秘書の松下さんの顔が一瞬浮かんだが、少し震えながら優しくそっと抱きしめてくれるカズくんの腕の中はとても安心できた。

「落ち着いて聞いて。犯人はもう捕まった。事情聴取も終わったよ。犯人は…以前…紬が高校生の時にストーカーをしていた奴だったようだ。」

低い声で、ポツリポツリと言いにくそうに話すカズくん。話の内容に驚き一瞬体が強ばったが、抱きしめてくれている手で背中をさすってくれたから安心できた。

「二度目だ。実刑が下されると思う。」

「…うん。じゃあ、もう安心だね。」

「…紬。ごめん。本当にごめん。守りきれなくて…怖い思いをさせて…」
声が震えている。もしかして…
そっとカズくんの顔を見上げると頬を涙が伝っていた。手を伸ばしてその涙をぬぐう。

カズくんは抱きしめていた手を緩め顔をそらした。

「大丈夫だよ。私、大丈夫だから。」安心させてあげたいのにうまい言葉が浮かばない。

顔を背け、目を伏せて涙をこらえているカズくんがとても愛おしかった。
気がつくと自分からキスをしていた。

一瞬驚いた顔をしたが「…紬…」優しく名前を呼び、今度はカズくんからキスをしてきた。何度も。


心が洗われたような気がした。