本当の恋とは言えなくて

ズキッと頭が痛んだ。
「うっ…」頭に手を当て、重いまぶたを無理やり開ける。

「気がつかれましたか?」

声がした方を向くと、見覚えがある美しい女性が座っていた。
ぼんやりとした頭で考えるが誰だか思い出せない。

その女性は枕元のボタンを押し「もしもし、相川さんが目を覚まされました。」とナースコールをしてくれた。

「…あの…」

「申し遅れました。私、駒山副社長の秘書をしております松下妙子と申します。」
綺麗な姿勢でお辞儀をする。

ハッと思い出した。いつか副社長室を出る時に目が合ったあの綺麗な秘書のお姉さんだ!

「あ、あの、私…イタッ!!」あわてて体を起こそうとして ズキッとまた頭が痛んだ。

「こ無理をなさらないで下さい。」松下さんはサッと近より背中を支えてくれた。

ふんわりと柑橘系の香りがした気がする。

カズくんと同じ香りにドキッとした。一緒にいることが多いと香りもうつるのかしら…
「あ、あの…」

「相川様はストーカーに襲われたんです。でも、大丈夫です。当ホテルのスタッフにより取り押さえ、警察に引き渡しました。」

腕を強く引かれ、車に引きずり込まれたこと…口をハンカチのようなもので塞がれ声も出せなかったこと… それらの様子がブァッと頭に浮かび体が震えだした。
「いっ…嫌!嫌!」思わず叫んで両手で自分を抱きしめる。

「安心してください。大丈夫です。もうあの男は警察に捕まっていますから。」

松下さんはそう諭すように言いながら抱きしめてくれた。

「ハッ!か、カズくん…じゃない駒山さんは…?!」
カズくんの姿が見えないことで不安になった。

「副社長はただいま警察の方とお話をされています。」
背中をさすりながら言われ、警察 という言葉にまた不安が襲ってきた。

体の震えが止まらない。


「紬!」
ガラッとドアが開き、母親が走り込んできた。

「お母さん!」

母親は強く抱きしめてくれた。
「大丈夫?紬。心配したわ。」

「お母さん…お母さん…」何も言えずただ母親にしがみついた。涙が頬を伝ったが、母親に抱きしめられ、少し安心して体の震えは止まった。

「それではお母様もいらっしゃったことですし私はこれで失礼いたします。」
丁寧にお辞儀をして松下さんは病室を後にした。綺麗なスーツを身にまとい上品な仕草で歩く後ろ姿を見ながら「ありがとうございました。」とお礼を言った。
病室のドアを閉める時にふっと微笑んだ松下さんはとても綺麗な人なんだな…とまだぼんやりしている頭でそう思った。カズくんの周りには綺麗な人ばかりがいる気がする。