本当の恋とは言えなくて

朝、一緒マンションを出た。

昨日の夜は暗くてあまり見れなかったけど、見れば見るほど豪華なエントランスに気後れしながら歩いた。こんな服装で歩いてはいけないような気がして…

今日も薄汚れたスニーカーにトレーナーにジーンズ、モコモコの上着というファストファッション。

カズくんは…今日もパリッとした三つ揃いのスーツでいかにも高級そうな黒のロングコートコートを着ている。隣を歩くのも憚られるほどおそろしく格好いい。

それでも構わず私の手を繋ぎ満面の笑みで歩いている。

私は自分がこの場に、カズくんの横にふさわしくないのは重々承知の上で、ドキドキが鳴りやまない胸を片手で押さえながらカズくんの顔を見つめ、目をそらせないでいた。


「そんなに見つめられたら、さすがにちょっとうぬぼれてしまうなぁ。」
背の高いカズくんは腰を屈めて私の顔を覗き込み、そう言う。

「う、うぬぼれるって…」

「紬が俺の事好きなんだろうな、って」
そう言うとかすめるようにチュッと軽いキスを1つ唇に落とす。

耳まで真っ赤になるのを感じ、あわてて口を手で覆い隠した。

「そ、そんなの…あ、当たり前じゃん!」
好き、と言葉にできなくてつい意地を張ったような言い方になってしまった。相変わらず可愛くない。

「当たり前、かぁ!嬉しいな。紬、可愛い。」
そんな言い方しかできないのに、嬉しいと言ってくれ、さらには可愛いとも…。
こっちこそ愛されているという実感があらためて湧いてきた。


ドキドキがおさまらないうちにあっという間に職場のビルに着いてしまった。
カズくんに手を引かれビル横の細い通路に入る。
いつものように抱きしめられたが、いつもと違うのは、私からもそっと抱きしめ返したこと。カズくんもそれに気づいたのか私を抱きしめる腕にギュッと力が込められ、首筋に顔を埋めてきた。

すっと、息を吸い込み「体、辛くない?」そう優しくたずねる言葉に少し色気を感じ体の芯がキュンと疼いた。

「大丈夫だよ」
昨日の初めての情事での体の負担を心配されている事をさとり、恥ずかしさで顔が上げられずギュッとカズくんの胸に顔を埋めた。

「…紬。今日は二人で休みたいな…ずっとこうしていたい。」甘えるように言うと首筋にキスを落とされ「…っん」と思わず甘い吐息が漏れる。

「あぁ…そんな声を聞いたら気持ちを押さえられなくなりそうだよ。」そう言うが早いか、カズくんの唇で唇を塞がれ、段々深いキスになってきて…

あわてた私は両手でカズくんの胸を押し距離を取った。
「も、もぉ!無理、無理!無理言わないで。こ、こんなところで!」

「ぷっ、あわてた紬の顔も可愛いよ」

「あ!からかったの?!」
カズくんの余裕の笑顔が少し悔しかった。私ばかりが夢中な気がして。

「今日、一緒に服とか靴とか買いに行こう。仕事終わったら連絡して。」
フッと微笑みそう優しく言うと、お団子の上から頭を撫でてくれる。

「うん!」
笑顔で答える。


幸せいっぱいの朝だった。