本当の恋とは言えなくて

気がつくとカズくんに腕枕をされていた。

「目が覚めた?無理させてごめんね。体、大丈夫?」

いつもきちんとオールバックにまとめているカズくんの髪は乱れて前髪が下りている。いつもより幼く見えてしまった。

「ううん、大丈夫。私、寝ちゃってた?」

ふいに抱きしめられる。

「幸せだよ。今、俺すごく幸せだ。」
素肌がふれあい、ドキッとする。

「私も…幸せ。」
声が震える。

体を少しずらして顔を覗き込まれた。
「また、泣くの?紬の泣き虫。」
おでこを指で弾かれる。

「もう!また子供あつかいする!」ちょっと膨れて言う。

「泣いたり笑ったり怒ったり、紬は本当に表情豊かだね。」
カズくんはそう言うと穏やかな表情を見せる。
カズくんこそ、前よりも大分表情を表してくれるようになったと思う。

「大丈夫そうならシャワー浴びて来たら?」

「う、うん。…痛っ」起き上がろうとして下腹部が少し痛んだ。シーツを見ると血で汚れていた。
急に恥ずかしさが増してまた布団を頭から被った。

「紬。これ羽織って。」

布団の中に差し入れてくれたのはカズくんのYシャツだった。とにかく何でもいいから体を隠したくてありがたくYシャツに袖を通して布団からでる。

「いいもんだね。彼女が自分のYシャツ1枚でいる姿。色っぽい。」冗談っぽく言うが、目は妖艶に光っている。

「も、もう!冗談言わないで。…あの…シーツ汚しちゃってごめんなさい。」

「ふふっ、大丈夫だよ。紬の初めての証だから。嬉しいよ。」

そんな風に言われたら恥ずかしくてこれ以上この場に居られない、と思ってあわててシャワーを浴びに行った。

バスルームもとても素敵で広かった。

借りたシャンプーやボディーソープからあの柑橘系の香りがした。カズくんの香りはフレグランスではなく、このシャンプーやボディーソープからの香りだったのか…と気づいた。
ふんわりと落ち着く香り。カズくんの香りに包まれている自分が嬉しく、少し恥ずかしくもあった。

シャワーで体を流しながら思った。下腹部の痛みでカズくんと本当にしたんだな…って。
初体験はとても幸せな物たった。痛いのは確かに痛かったけど、それ以上にカズくんが大切に愛情を注いでくれたことを体で感じることができたから。

この、身分差の恋は、このまま実るのだろうか…。


バスルームから出て、家から持ってきた部屋着に着替える。これまた豪華なパウダールームで髪を乾かし、寝室をのぞいた。

すでにシーツは取り替えられ、ベッドは整えられていた。

カズくんは上半身裸でズボンだけはいている。
目のやり場に困った。

「紬が髪の毛下ろしてるところ、初めて見た。」
近付いてきて髪を手で梳かされる。
「柔らかいね。それに…お団子してないと余計にちっちゃく見える!」

「も、もぉー!またからかう!」
恥ずかしくて一歩下がる。

「ハハハ、もう遅いから休んでて。俺もシャワー、行ってくる。」

時計を見るともう1時が過ぎていた。
「う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて。」
素直に布団に入ると、

「今夜はもう襲ったりしないから、安心して休んどいて。」そう意地悪な言葉を残して寝室から出ていった。

「もぉー!」

さっきの出来事を思い出して胸がキュンとなった。それでも、情事の疲れもあってすぐに目蓋が重くなった。ウトウトとしていたらふいに頭を撫でられる感覚がして目が覚めた。

「ごめん。起こした?」

スーツに身を包んだガスくんがベッドサイドに軽く腰かけている。

時計にめをやるともう2時前だ。

「え?今からお仕事行くの?」
驚いて飛び起きる。

「一緒に居たいんだけど、どうしても明日の朝…もう今日か、までにやらなきゃならない仕事があってね。ごめん。」

「そんな…ごめんなさい。私のせいで」

「違う違う。俺が気持ち押さえきれなかっただけだから。」

「玄関までお見送りするね。」

ひんやりとした玄関で再び革靴を履くカズくんの背中を見ていた。さっきの不安で惨めな気持ちとは違い、幸せで離れるのがちょっぴり寂しい そんな気持ちだった。

「行ってらっしゃい。」笑顔で見送る。

「行ってきます…」
そう言いながら優しくハグをする。
「紬は柔らかい。抱きしめるとホッとするよ。離したくない。」

私もカズくんの大きな背中に腕を回して抱きしめ返す。

「今度こそ行ってくる。紬に似合う男になるように頑張らなきゃ。」笑顔で言うとサッとかすめるようにキスをしてきた。

慣れなくていちいち顔が赤くなってしまう。

「お仕事頑張ってね。」
小さく手を振る。

「行ってきます。」

ドアを閉める瞬間、振り返ったカズくんは柔らかい笑顔だった。

その事がちょっぴり嬉しくて、一人残される事がちょっぴり寂しくて…カズくんの笑顔を思い出しながら布団にくるまって眠った。