本当の恋とは言えなくて

どのくらいたっただろう…。しばらくそのまま座り込んでいたが、喉の乾きを覚えて台所まで行き、紅茶を入れようとしたがあいにく茶葉が切れていた。

母が夜勤でいない今日、狭いマンションの中は余計に暗くひっそりとしている。

「紅茶まで切れてるなんて…」
寂しくなり独り言を呟く。

(コンビニでも行こうかな。)

どうしても紅茶が飲みたかったわけでも無いのに、暗くて静かなこの部屋に一人でいるのが何だか辛くてコンビニに行くことにした。

顔をゴシゴシこすって涙の跡を消した。


帰った時の姿のままだったから服装を整える必要も無くそのまま部屋を出る。


マンションの入り口のオートロックの鍵が閉まる音がやけに響く気がした。夜はもうとっくに更けていて寒さで体が震えた。

(早く暖かい紅茶が飲みたいな。)
急に暖かいものが恋しくなりコンビニに向けて少し早足で歩き始めた。

「紬!」

呼び止められると同時に手をつかまれて驚いた。

「…何で?」

そこには少し焦ったような表情をしたカズくんが立っていた。

「電話の声がおかしかったから。」

「え?」

「泣いてる気がして。」
そう言うとカズくんは私をぎゅっと抱きしめた。

「心配した。いつも元気な紬の声が元気無くて…」
私の表情を確かめようとでもするように両手で頬をつつみこみ、顔を上に向ける。

思いがけもしなかった事がおきたこと、カズくんに抱きしめられて安心したこと…いろんな感情が溢れて隠しきれない涙が流れ落ちる。

「紬…」

カズくんは心配そうに名前を呟き、親指で涙をそっと拭いてくれた。
その指で私の唇をスッと優しくなでる。

胸がドキッとしてキツく締め付けられるように痛んだ。
カズくんの顔を見て抱きしめられて、なぜか安心したはずなのに、体が震えだす。

カズくんは私の目を覗き込む。
「何かあったの?」
感情を読み取ろうとしているのがわかり、目をそらしてしまった。

頬をつつみこんでいる両手に力が入り、カズくんの顔が近づいて来て、親指の上からいつもの偽装のキスをされた。

(な、何で?!)

驚いたが不思議と嫌ではなく、そっと目を閉じる。

何度も何度も偽装のキスが繰り返され、合間に「紬」と何度も名前を呼ばれた。

その声は段々と切なく聞こえ、唇に当てられていた親指が少しずつゆっくりとはずされていった。
気がつくともう唇がかすかに触れていた。 

その感触にハッとして目を開ける。
「な、何で?」

「わからない。でも…ただ紬には笑っていて欲しいんだ。」
切なくささやくように言うと完全に親指をはずされた唇にそっと唇を重ねてきた。

初めてのキスはほろ苦く涙の味がした。