紬が無事改札を抜けたのを見送り、切符の発券機の横に目をやる。発券機に隠れるようにして改札を覗き込んでいる人影があった。
(やはり… )
俺が見ている事に気づいたのか、キャップのつばを引き、顔を隠すようにして暗闇に消えて行った。
あの男だ。
「天野さん、申し訳ないのですが、少し時間を頂けませんか?」
「え?」
「紬の事で少し…その、相談が…」
突然の事で驚かせてしまったかもしれないと不安になる。
「はい。わかりました。では、そこのコーヒーショップで。」
天野さんは何かを察したかのように快く誘いを受けてくれた。
ホットコーヒーを手に、二人掛けの席に向かい合って座る。
何から話そうかと考えているうちに天野さんの方から話をはじめてくれた。
「紬のこと、ありがとうございます。」
「いえ、助けになっているかどうか…」
「紬、すっかり安心しきっているような様子でした。」
「そうですか…それならいいのですが…」
「まだ心配なことがあるのですか?」
言い淀んでいる俺の態度から感じ取ったのか鋭い質問をぶつけられた。
「実は、まだあの男が…」
天野さんは驚いて声もでないといった様子で両手で口を覆った。
「毎日のように改札口の外にいるんです。さっきも。」
「そんな…」
「今度は改札を入って紬の後をつけて電車に乗り、自宅を特定しようとしているのではないかと心配しているんです。」
天野さんは眉をひそめてコクコクとうなずく。
「あの男が改札を入ったら俺も入って行くつもりで、毎日見送っています。彼氏がいると知らせるためにも毎日わざと見せつけるようにハグをしたり手を繋いだりしているのですが…早く紬をあきらめてくれたらいのに。」
少し冷めかけたコーヒーを飲む。苦さが胸に染みた。
「そうだったんですね。それで、紬は?」
「紬は気づいていないと思います。紬は回りをよく見ていて優しい気づかいをするけれど、人を疑う事が無いから心配なんです。」
「そうなんですよね。そんな感じ。」
「自分のことをよくわかってないです。この2週間一緒に歩いているだけでも何人かの男性が紬を振り返って見ていたんです。」
そう、この2週間、明らかに好意を寄せているような眼差しで紬を見る男性が何人かいるのに気づいた。
紬の可愛らしい仕草や表情にひかれているのか、もしかしたら紬に優しくされたことでもあったのかも知れない。
「少しは危機感も持ってもらいたいけど、あの男がまだ近づこうとしていると知ったら、またこの前のようにパニックなったりするかもしれないと思うと心配で。」
「…駒山さん。この話をしたこと、紬には黙っていて欲しいんですが…」
天野さんは決心した、と言うような表情で紬の高校時代にあった事件を教えてくれた。
「それがトラウマになっているからあんなに怖がってパニックに…」
あの日の怯えきった紬の姿を思い出すと胸が張り裂けそうになった。
「そうなんです。あの日の以降、男性が少し苦手になっていて、そんなこともあっていまだに彼氏もいないという、ね。」
「紬には、笑顔でいて欲しいと思ってます。だからあの男の事はやはり紬には話さずにおこうかと思うのですが…」
「私もそう思います。無駄に心配させたくないので。」
天野さんも同感のようだ。
「電車通勤もホントはさせたくないないのですが、車での送迎は断られたし…無理を言って毎日車で、となると不自然かと思って、駅まで歩いて送迎してたんです。」
ハッとしたようにうなずくと「そういう事だったのか」と独り言を言い「誤解してました。申し訳ありません。」と頭を下げられた。
「誤解?」
「はい。私は紬の話を聞いて、駒山さんが紬に夢中になっているから…本気で好きになったから毎日送迎しているのだと思ってました。」
天野さんに言われたことにドキッとする。はたして紬に対して自分の恋心は無いのだろうか…。
何も言えず無言でうなずきコーヒーをすする。
「駒山さんは、紬の事を心配してそうして下さっていたんですね。紬を不安にさせないためにストーカーの男性がまだ付きまとっていることを隠して、安心させて下さっていたんですね。」
天野さんは心から感心している、と言うような様子で話す。
「いえ、そんなに大したことはしていないので…」
「紬の言っていた通り、駒山さんは心の暖かい人なんですね!」
「いや…」
「だって、彼女でも無く家族でも無い、ただの他人にここまで優しく出来るなんて、なかなかそんな人いないですよ。」
ドキッとした。
彼女でも無く…
家族でも無く…
ただの他人…!
そうなんだ。ここ数日で距離感が狂ってしまっていたのかもしれない。
紬とは偽装の関係で、本当はただの他人なのだ。誤解してはいけない。
自分に言い聞かせた。
「それに、ちゃんと、その…キスとかもするふりにしてくれてるとか、ハグとかも紬が嫌がらないか気づかいながらしてくれてるとか…とにかく、ありがとうございます!駒山さんが紳士的な方で良かったです!」
ふと、紬の怒ってふくれた顔や照れて真っ赤になった顔が浮かんだ。
そんな風に友達に俺の事を話してくれていたのか、と気恥ずかしい感じがした。
「大切な人を助けてくれたお礼です。このくらいのこと何でもありません。」
紬は卓を助けてくれた。俺たちの大切な卓を。感謝しても感謝しきれない。
「…そうですか。これからも紬をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げられ、責任感が重くのしかかる。
天野さんにとって紬は大切な人なのだろう。
「天野さん、俺に出来ることはさせて下さい。それに…紬には俺も助けてもらってるので、こちらもありがたいんです。」
「え?そうなんですか?」
天野さんの反応を見て偽装婚約者の話しはしていないのかな?と思った。
「では、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。駅まで送ります。」
「え、いや、私は大丈夫ですよ!ストーカーに狙われてるわけでもないし。」
「いえ、俺のせいで遅くなってしまいましたし、天野さんにとって紬が大切なのと同じで紬にとって天野さんも大切な人なのだと思います。そんな人に何かあっては紬に申し訳が立ちませんから。」
天野さんの使っている駅まで一緒に歩き、改札を抜けるのを見送った。
そろそろ紬も家につく頃だろうか…天野さんを見送りながら心は紬の方に向いていた。
(やはり… )
俺が見ている事に気づいたのか、キャップのつばを引き、顔を隠すようにして暗闇に消えて行った。
あの男だ。
「天野さん、申し訳ないのですが、少し時間を頂けませんか?」
「え?」
「紬の事で少し…その、相談が…」
突然の事で驚かせてしまったかもしれないと不安になる。
「はい。わかりました。では、そこのコーヒーショップで。」
天野さんは何かを察したかのように快く誘いを受けてくれた。
ホットコーヒーを手に、二人掛けの席に向かい合って座る。
何から話そうかと考えているうちに天野さんの方から話をはじめてくれた。
「紬のこと、ありがとうございます。」
「いえ、助けになっているかどうか…」
「紬、すっかり安心しきっているような様子でした。」
「そうですか…それならいいのですが…」
「まだ心配なことがあるのですか?」
言い淀んでいる俺の態度から感じ取ったのか鋭い質問をぶつけられた。
「実は、まだあの男が…」
天野さんは驚いて声もでないといった様子で両手で口を覆った。
「毎日のように改札口の外にいるんです。さっきも。」
「そんな…」
「今度は改札を入って紬の後をつけて電車に乗り、自宅を特定しようとしているのではないかと心配しているんです。」
天野さんは眉をひそめてコクコクとうなずく。
「あの男が改札を入ったら俺も入って行くつもりで、毎日見送っています。彼氏がいると知らせるためにも毎日わざと見せつけるようにハグをしたり手を繋いだりしているのですが…早く紬をあきらめてくれたらいのに。」
少し冷めかけたコーヒーを飲む。苦さが胸に染みた。
「そうだったんですね。それで、紬は?」
「紬は気づいていないと思います。紬は回りをよく見ていて優しい気づかいをするけれど、人を疑う事が無いから心配なんです。」
「そうなんですよね。そんな感じ。」
「自分のことをよくわかってないです。この2週間一緒に歩いているだけでも何人かの男性が紬を振り返って見ていたんです。」
そう、この2週間、明らかに好意を寄せているような眼差しで紬を見る男性が何人かいるのに気づいた。
紬の可愛らしい仕草や表情にひかれているのか、もしかしたら紬に優しくされたことでもあったのかも知れない。
「少しは危機感も持ってもらいたいけど、あの男がまだ近づこうとしていると知ったら、またこの前のようにパニックなったりするかもしれないと思うと心配で。」
「…駒山さん。この話をしたこと、紬には黙っていて欲しいんですが…」
天野さんは決心した、と言うような表情で紬の高校時代にあった事件を教えてくれた。
「それがトラウマになっているからあんなに怖がってパニックに…」
あの日の怯えきった紬の姿を思い出すと胸が張り裂けそうになった。
「そうなんです。あの日の以降、男性が少し苦手になっていて、そんなこともあっていまだに彼氏もいないという、ね。」
「紬には、笑顔でいて欲しいと思ってます。だからあの男の事はやはり紬には話さずにおこうかと思うのですが…」
「私もそう思います。無駄に心配させたくないので。」
天野さんも同感のようだ。
「電車通勤もホントはさせたくないないのですが、車での送迎は断られたし…無理を言って毎日車で、となると不自然かと思って、駅まで歩いて送迎してたんです。」
ハッとしたようにうなずくと「そういう事だったのか」と独り言を言い「誤解してました。申し訳ありません。」と頭を下げられた。
「誤解?」
「はい。私は紬の話を聞いて、駒山さんが紬に夢中になっているから…本気で好きになったから毎日送迎しているのだと思ってました。」
天野さんに言われたことにドキッとする。はたして紬に対して自分の恋心は無いのだろうか…。
何も言えず無言でうなずきコーヒーをすする。
「駒山さんは、紬の事を心配してそうして下さっていたんですね。紬を不安にさせないためにストーカーの男性がまだ付きまとっていることを隠して、安心させて下さっていたんですね。」
天野さんは心から感心している、と言うような様子で話す。
「いえ、そんなに大したことはしていないので…」
「紬の言っていた通り、駒山さんは心の暖かい人なんですね!」
「いや…」
「だって、彼女でも無く家族でも無い、ただの他人にここまで優しく出来るなんて、なかなかそんな人いないですよ。」
ドキッとした。
彼女でも無く…
家族でも無く…
ただの他人…!
そうなんだ。ここ数日で距離感が狂ってしまっていたのかもしれない。
紬とは偽装の関係で、本当はただの他人なのだ。誤解してはいけない。
自分に言い聞かせた。
「それに、ちゃんと、その…キスとかもするふりにしてくれてるとか、ハグとかも紬が嫌がらないか気づかいながらしてくれてるとか…とにかく、ありがとうございます!駒山さんが紳士的な方で良かったです!」
ふと、紬の怒ってふくれた顔や照れて真っ赤になった顔が浮かんだ。
そんな風に友達に俺の事を話してくれていたのか、と気恥ずかしい感じがした。
「大切な人を助けてくれたお礼です。このくらいのこと何でもありません。」
紬は卓を助けてくれた。俺たちの大切な卓を。感謝しても感謝しきれない。
「…そうですか。これからも紬をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げられ、責任感が重くのしかかる。
天野さんにとって紬は大切な人なのだろう。
「天野さん、俺に出来ることはさせて下さい。それに…紬には俺も助けてもらってるので、こちらもありがたいんです。」
「え?そうなんですか?」
天野さんの反応を見て偽装婚約者の話しはしていないのかな?と思った。
「では、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。駅まで送ります。」
「え、いや、私は大丈夫ですよ!ストーカーに狙われてるわけでもないし。」
「いえ、俺のせいで遅くなってしまいましたし、天野さんにとって紬が大切なのと同じで紬にとって天野さんも大切な人なのだと思います。そんな人に何かあっては紬に申し訳が立ちませんから。」
天野さんの使っている駅まで一緒に歩き、改札を抜けるのを見送った。
そろそろ紬も家につく頃だろうか…天野さんを見送りながら心は紬の方に向いていた。



