本当の恋とは言えなくて

もう迎えに来たり送ったりしなくていいからね!と言ったにもかかわらず、あれから毎日駅からビル、ビルから駅への送迎が続いていた。 10分ほどの短い道のりだが毎日の行き帰りの時間の中で少しずつお互いの話をして、それなりに親しくなってきた。

お互いの誕生日や年齢の話にもなった。カズくんは今29歳らしい。29歳の若さで副社長だなんてすごい!と言うと目を少し伏せて「家業を手伝っているだけだよ。」と、こともなげに言う。

実家からは出て、近くのマンションに一人暮らしをしているそうだ。でも、便利がいいからついこのホテルに寝泊まりすることが多いと言っていたが、本当は仕事が忙しいのだろうと思った。その合間に送迎をしてくれていることに気を遣わせないためにそんな言い方をしたのだろう。

手をつないで歩くことにも慣れてきた。カズくんが笑顔を見せることも増えた。
それでも…朝夕毎日のハグと偽装のキスには慣れず、いまだにドキドキしてしまう。


今日は二週間ぶりに里美と夕食を食べる約束をした。里美の仕事は11月頃から年度末にかけてが一番忙しいのだそうだ。久しぶりに会えるのが嬉しい。


「それで、毎日送迎してもらってるの?!」
最近の様子を報告すると里美は、驚いた と  呆れた が混ざったようなニュアンスの言い方をした。

「んー。送り迎えしなくていいって言ったんだけどね。」頭をポリポリかきながら言う。

「もう、2週間か…それで、ストーカーの様子は?」里美は回りを警戒しながら小さい声でたずねてくる。

「…あ、ストーカーね。ハハハ、忘れてた。」
カズくんと毎朝夕会うことで頭が一杯で何でカズくんが彼氏役をしてくれて何で駅まで送迎してくれてるのか、という根本的なことが頭から抜けていた。

「はぁ?ったく、浮かれてたんじゃないの?!」
里美に痛いところをつかれてしまった。

(仮)ながら、彼氏がいる、という状況に浮かれてしまっていた自分に気づく。

勘違いしてはいけない、と気持ちを引き締めた。

それからしばらく里美とたわいない話しで盛り上がり、あっという間に9時過ぎていた。
カクテルも何杯か飲んでほろ酔い加減にもなっていた。里美との時間はやっぱり楽しい。

「そろそろ帰る?」
里美が腕時計で時間を確認する。
本当はまだまだゆっくりしていたいところだが、ストーカーの事もあり、そろそろお開きにすることにした。

「今度は紬の誕生日にご飯食べよ!」

「ありがとう!楽しみにしとくね。」
12月10日 。もうすぐ私の誕生日だ。

「あ、紬、彼に連絡した?」
お会計をしながら思い付いたように里美に言われてハッとした。

「忘れてた!朝、今日は里美とご飯行くからって言ってはあるんだけどね。」
そう言いながらもスマホを手に取る。

毎日電話するから通話履歴の一番上にカズくんのアドレスがある。
お酒も入り少し変なテンションでその連絡先をタップした。

数回コールしたあとカズくんの声が聞こえ胸がドキッとする。毎日話しているはずなのにいまだにこうなのだ。

「もしもし、紬?」
耳元でカズくんの声がする。その事で頭が真っ白になりかけていた。

「あ、もしもし。今ね、食事終わって帰ろうかなって…」

「そうなの?じゃあ、そっちに…」

「だ、大丈夫、来なくても。このお店、駅のすぐ近くだから。」
相変わらずの過保護ぶりで、見送りに来そうな勢いだったのであわてて断る。

「大丈夫?天野さんも一緒なんだよね?」
優しく心配するような声色に心がポカポカした。

最初は無愛想で感じが悪い、と思い込んでいたカズくんだが、ここ2週間で大きく印象が変わった。不器用なだけでとても心が暖かい人なんだ、と。

「里美は別の沿線だけど、大丈夫だよ~。ほら、私ってこう見えて力持ちだし!」

「フフッ、知ってる。」
くしゃっと笑うカズくんの笑顔が見える気がした。
「久しぶりに天野さんとゆっくり話せた?」

「うん。」

「良かったね!まさか俺の悪口で盛り上がったとか無いよね?」
こんな冗談まで言ってくれるようになった。
少しは気を許してくれているのだろう。

「そんなわけ!あるような、無いよな…」

「ハハハ、どっちだよ。じゃあ、気を付けて帰ってね。」

「うん。」
自分から来なくていいと言ったのに、何だか寂しく感じてしまう。

電話を切ってからもしばらくスマホを見つめてカズくんの優しい声を思い出していた。


「もぉ~なんだかんだラブラブなんじゃない!」

里美が私の肩をバシバシ叩く。

「いや、ラブラブってことは…前よりは親しくなったかも知れないけど。」
スマホを慌ててポケットにしまう。

「でも、電話してる時の紬、いい表情してたよ!」
からかうように言われて両手で頬をさわった。どんな顔してたんだろ。

「最初はさ、ちょっと胡散臭い?とか思ったけど。駒山さんがいい人そうで安心した。もうこのままどさくさに紛れてホントに付き合っちゃえば?」

「な、何てこと言うの?!勘違いしちゃダメだよ。これは偽装で、ただお互い都合が良かったからこうしているだけなんだよ。」
慌てて否定する。

そう。これは偽装なんだから。勘違いしてはいけない。

「そうなの?まぁ、今の状況を楽しんじゃいなよ!なかなかあんなイケメンの彼女なんて偽装でもなかなかなれないよ。」

「うーん。そうだね…。」

「あ、紬そろそろ電車の時間じゃ…」
里美が腕時計で時間を確認しようとした時

「紬!」
聞き慣れた声がして手をにぎられた。

カズくんが肩で息をしながら立っていた。

「カズくん?!どうして?」
来るはずの無い人が現れて少し戸惑った。

「間に合った。やっぱり見送っておきたくて、かなり全力疾走した。」
まだ肩で息をしている。ホントに全力で走って来てくれたんだなぁ…

「そんな、無理しなくてもいいのに。」
ホントは嬉しかったのに、それを隠すために可愛く無いことを言ってしまった。

「ホントは紬から電話があってすぐ部屋を出てたから、そんなには走ってないよ。」
無表情に見えるけどちょっと口角が上がっている。

「そうなの?」
ホントは、そんなには走って無いなんてウソだと思う。

「あの~二人盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、紬、もう電車来るよ。」
里美が申し訳無さそうに言う。

「あ、ホントだ!」

「じゃ、私帰るね。」手を振って改札に向かおうとした時、腕を引かれてカズくんの腕の中に抱きしめられた。

顔から火が出るかと思った。里美が見てる目の前だよ!

「も、もう!カズくん。」
両手でカズくんの胸を押して離れる。

「気を付けて。転ぶなよ。」
お団子頭を撫でながら言われて
「わかってるよ!じゃ、家に着いたら連絡するね」
と照れ隠しのようにちょっと口を尖らせて言い改札に走った。

振り向くとやはり見守ってくれているカズくんと呆れたように腕を組んでいる里美が並んで立っていた。

大きく手を振って見せるとカズくんが軽く手をあげて見せてくれた。

二人に見守られている安心感とお酒に酔っていることもあってフワフワとした足取りで電車に乗り込んだ。