本当の恋とは言えなくて

「明日はちゃんと電話するね。今日はごめんなさい。」
車から降りる時謝った。車の中はほとんど無言だったし、電話をしなかったことを叱られ気まずかったからだ。

「遠慮はいらない。家業を手伝っているだけだから時間の融通はつけやすいんだ。」

家業って、まるで家の用事か農作業でもお手伝いしているかの様な言い方をするが、彼の仕事は世界的に有名な超高級ホテルの副社長だ。

暇なわけ無い。

私は何も言えず曖昧にフッと笑って車のドアを閉めた。

助手席の窓がスーツと開いた。

「また明日。」
無表情で言う彼の心境を、今は誰にも見られて居ないから恋人役をしなくていいのだ、とホッとしているように感じてしまった。

「おやすみなさい。」
笑顔で軽く手を振る。

マンションの入り口のオートロックを開けて何気なく後ろを振り向くとまだ彼の車は止まったままだった。ドアを閉めるとそれを見守ったかのように走り去って行った。

過保護ぶりに驚く。無表情だけど思いやりがある人ななんだろうな。

部屋に着き、クローゼットの横にある姿見に映る自分の姿を見た。
「こんな格好で彼の横にいたのか…」
仕事の後整えもしていないボサボサのお団子頭。着古したモコモコジャケットに色褪せたパーカー。情けないを通り越して恥ずかしかった。

一瞬、スレンダーな体にピッタリとフィットしたスーツを着こなし、ヒールを踏み鳴らして颯爽と歩く麗子さんの後ろ姿を思い出す。

「…何で私が婚約者の役なんて。」呟いてから思った。偽装彼氏をしてくれるついでだろう、って。 そりゃそうだ。偽装とはいえ彼女がいるのに他に婚約者がいるなんておかしいだろ…。

頭のお団子をほどいて頭を振る。
フワッと降りてきた髪の毛を手櫛で整えてみた。麗子さんのサラサラヘアとは比べ物にならない。

私は私。

そうなんだけどな。


ハッと思い付いてスマホを手にする。

『今朝は家までお迎えに来てくれてありがとう。朝のお迎えは大丈夫です。家を出る時と保育園に着いた時にちゃんと連絡を入れます。では、おやすみなさい。』

過保護な彼の事だ。明日の朝も迎えに来かねない。

しばらくして返信があった。

『わかった。でも、必ず連絡して。おやすみ。』

彼からのメッセージをしばらく見つめていた。

偽装の彼女…偽装の婚約者…はたしてどう振る舞えばいいのか。

答えは出ないまま夜がふけて行った。