本当の恋とは言えなくて

「カズくん、送ってくれてありがとう!」

「じゃあ、ちゃんと仕事終わったら電話して。」
助手席からおり、ドアを開いたままお礼を言う私に運転席から少し身を乗り出してそう言うカズくんはまるで本物の彼氏のよう。

「うん、わかった。」

「じゃあ。」

「カズくん、お仕事頑張って!じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい」

パタン 

ドアを閉めて手を振る私に軽く手を上げて応えるカズくんの表情が少し緩んだ気がした。

車の中からビルの入り口を指差す。
(見守ってるから中に入れ、ってことかな?)

タタタッと走ってビルの入り口のガラス扉を押して開ける。振り向くとまだカズくんの車がそこに見えた。

大きく手を振って中に入る。

本気で守ろうとしてくれているんだなって安心感で心が満たされた。


早出だったので保育園の鍵を開けたり、掃除をしたり…忙しく動きながらふと気になりホテルの方を見る。

(あの辺りかなぁ…)

副社長室だと思われる場所を見上げる。

昨日の夜の出来事を思い出して顔がカッとあかくなった。

ホントにキスされるかと思った。彼氏いない歴=年齢の私はもちろんキスはおろかその他諸々未経験だ。

「仕事仕事!」
独り言を言って気合いをいれる。


「おはようございます!」

子供が登園したようなので玄関まで迎えに行く。

「おはようございます。今日からまたお願いします。」

サラサラと滑るようにして顔にかかる髪を綺麗な仕草で耳にかける。麗子さんは今日も美しい。

「おはようございます。おはよう、たっくん!」

「先日は本当にありがとうございました。自宅療養で様子も見て、もう大丈夫だと思いますが…」

「はい、わかりました!良かったです。その後何事もなくて。」

「変わったことがあればすぐに連絡下さい。」

「わかりました…キャッ」

そうやり取りしていると待ちきれない!と言わんばかりにたっくんが飛び付いて来てくれた。

「紬先生!会いたかった~」

足にしがみついて言うたっくんを抱き上げると頬をよせてギュッと抱きついて来てくれた。

「私も会いたかったよ~たっくん。」

「フフフッ 卓はホントに紬先生がすきなんだねぇ。」
たっくんにそう言う麗子さんは天使の微笑みだ。誰もを惹き付ける…。

「私も大好きですよ!」胸に抱くたっくんの柔らかさに癒される。

「行ってらっしゃい!」

たっくんと二人で麗子さんを見送った。

母の顔からビジネスマンへと変わり颯爽とヒールを鳴らして仕事に出かける麗子さんの後ろ姿を見て、胸がギュッとなった。


病院で寄り添っていたカズくんと麗子さんの姿を思い出していた…お似合いだよね。

パーカーにジーンズの私は高級ブランドの三つ揃えスーツをサラッと着こなすカズくんの隣に立つには明らかに不釣り合いだった。

無意識に今朝カズくんが触れた頭のお団子に手を当てていた。
(やっぱりカズくんって呼び方は似合わないかなぁ…) そんなことも頭をよぎって子供っぽい自分を少し恥ずかしく思う。