本当の恋とは言えなくて

「春馬、それから…」

「あ、私は紬の親友の天野里美と申します。」

「天野さん、申し訳ないですが、私と紬先生と話をさせて下さい。二人にしてもらえませんか?」

申し訳ないと言いながらも有無を言わせない感じの言い方に里美も武井さんもうなずくしかなかった。

「紬先生、歩けますか?」

駒山さんにいたわるように肩を支えられながら店を出た。

「走って来たので車は無いんです。申し訳ないのですが、うちのホテルまで歩けますか?」

夜風に当たって少し頭と体がスッキリした。

「はい、大丈夫です…」

そのまま肩を支えられながらホテルまで歩き、従業員入り口から入って4階にある副社長室に案内された。

ソファーに促され座る。
高級感のあるそのソファーはフカフカでとても座り心地が良かった。

「もしもし、一翔です。申し訳ないが大切なお客様が来ているのでしばらくここへは誰も通さないようにお願いします。」

内線電話でそう伝えると駒山さん自ら紅茶を入れて私の手にそっと持たせてくれた。

「…あの…ご迷惑をおかけしてすみません。」
最初に口を開いたのは私だった。

「いや、どこかもう少し落ち着ける所で話せたら良かったのですが、あいにくまだ仕事が残っていて…」
無表情でそう言う。

壁に掛かっている時計を見上げるともう9時前だった。

「こんなに遅くまでお仕事されてるんですね…」

「いや、紬先生だってわりと遅くまでお仕事されてますよね。」

「え?」

「あぁ、すみません。ちょっとこちらに来れますか?」

副社長 駒山一翔 のプレートが乗っている大きく高級感溢れる仕事用のディスクの方に案内された。

「仕事の合間に心を休めるため時々窓の外を眺めるのですが、ここから良く見えるんです。」
そう言って窓の外を見つめる駒山さんの横に立ち、並んで窓の外を見た。

「あっ、うちのビルが良く見える!」

保育園がある部屋の窓に貼ってある可愛い動物達が見える。保育園があるフロアは三階、ここは四階なので少し見下ろす形になるが良く見える。

もっと見下ろすとビルの入り口辺りも良く見える。

「少し前になるのですが、ホテルのお客様やスタッフから不振な人物がホテルの前や公園前、向かいのビルの前を毎日朝夕うろついているという情報が入り、気にしていたんです。それと…時々、あなたがビルを出入りする姿を見かけていました。」私の話題なると少し言いにくそうに話し方がゆっくりになった。

私は窓に手をあてて向かいのビルの入り口辺りを見ながら無言でうなずいた。

「子ども達を連れて散歩に出かける姿も時々見かけていたし、いつも頭の上でおだんごを作っていて、ビルの出入りでもすぐにあなただとわかるんです。ビジネススーツではなく私服なのでやや目立ちますし…」

まだ無言でうなずくが、ここから良く見えるんだ…不振な人物も…そんなに毎日?!そう思うと窓にあてている手が震え始めた。


その事に気付いたのか
「座りますか?」
さりげなくソファーに座るよう促してくれた。

「それで、見ていて気付いたんです。あなたが出勤する頃現れて、あなたがビルの中に入るのを見届けるようようにして今度は公園に移動する。そしてあなたが退勤する頃にまた現れる…ということに。もしかして声をかけるタイミングを見計らっているのかもしれない、そう思いました。」

そう言えば誰かに見られているような感覚は確かにあった…
そう心当たるとまた全身が震えはじめ、手先が氷のように冷たくなるのを感じた。それを暖めようと両手をきつく握る。

向かい合わせに座っていた駒山さんが私の隣に座り、きつく握りしめている私の両手をそっと包み込むようにしてくれた。

不思議と嫌ではなく、何故か少し落ち着いた。

「すみません。こんな話し聞きたくなでしょうが…」

「いえ、知らなかったら大変なことになるところでした。」
震える声でお礼を言う。

「あの日…私があなたのスマートフォンを踏んで壊してしまった日も、ここから外を見ていたんです。そしたら暗闇の公園の中に入って行くあなたを追いかけるようにしてその不振な男性が公園の中に入って行ったのが見えたので…思わず走って追いかけました。」

「それで…!」

「案の定、その不振な男性はあなたのすぐ後ろにある木の影に隠れるようにしていたので
…公園を出るまでご一緒させて頂きました。実際、スイートルームのお客様用に花籠を買う用事もありましたし…。」

「そうだったんですね…何も知らず…もしかしたら失礼な事を言ってしまったかもしれません。」あの日の事を思いだし、しまった!と思った。

「いえ、いいんです。それから今日も…」

駒山さんが言い淀む。
何となく察してしまった…
「今日、私に道をたずねて来たのが…」

私の手を包み込むようにしていた手に力を込め
「はい…毎日見かけていた不振人物でした。」と低い声で言う。

何となく察してはいたが、現実を言葉で知らされ、信じたくない思いと恐怖で目をギュッと閉じる。

駒山さんは私の足元に跪き、正面から抱きしめてくれた。

「私はその時エントランス外にいたので…とうとう接触してきたか!危ない!そう思い、声をかけさせて頂きました。」

淡々と話す駒山さんの声が耳元で聞こえる。

「それで…つい、親しい男性でもいればおいそれと近付いて来ないのでなないか、と思い…失礼ながら『紬』と呼び掛けたのです。」

今までのことがストンと納得できた。

「…ごめんなさい。そうと知らず、ずいぶん生意気なことを言いました。助けて頂いて…本当にありがとうございました。もう…大丈夫です。落ち着きました。」

抱きしめてくれていた腕の中から抜け出した。

「生意気だなんて…私の言い方にも問題があったと思います。こんな仕事をしているのですが、本当の自分は無愛想で仕事以外はからっきしダメなんです。」

「そんな…」

「それは、そうと…きっとこれからも接触してこようとしてくるはずです。大袈裟かも知れませんが、うちのホテルの防犯カメラの映像を警察に渡すつもりです。ですが、逮捕されるか…向こうがあなたとの関係作りや接触をあきらめてくれるまで油断できません。」

「そっ…そうですね。」
考えるとまた怖くなり自分で自分を抱きしめた。

「そこで、提案なのですが…良かったら私にあなたの恋人役をやらせてはもらえませんか?」

「えっ?えーっ!?」
あまりの発言に目がこぼれ落ちそうなほどびっくりした。

「恋人がいるとわかればあきらめてくれるかも知れませんし、恋人役をすればあなたに何かあっても守り安い。」

「…確かにそうですが…そんなこと…」

「迷惑ですか?」

「いえ、そんな!逆に迷惑じゃあ無いですか?」

「迷惑だなんて、スマートフォンを壊してしまったお詫びもしていませんし、先日卓を助けて頂いたお礼もまだですし…」

「い、いや、でも…」
そんな…恋人のふりだなんて 守ってくれるだなんて… ありがたいけど…
正直返事に迷った。

「それと…実は、恋人役をしていただけると私にとっても都合がいいのです。」

「え?」
驚いて目を見張って固まっていると

突然大きな両手を私の頬を包むようにあて…
息を飲むほど美しい、それでいて無表情な顔が近付いて来た…!?