本当の恋とは言えなくて

またもやプリプリしながら待ち合わせのお店に入ってきた私の姿がツボにはまったのか、里美はしばらく笑いが止まらなかった。

「クククッ、で、また駒山さん絡みの話し?」

「うーっ。その通り。さっきさぁ…」
事の顛末を話した。これまでの出来事も全て里美には話してある。

「へぇ~なんだろ…道をたずねられただけでしょ?街灯のある明るい道で…そんな心配されるような事じゃないし…」
里美は首をかしげながら考えている。

「ホントね…でも、マジでちょっとムカついたわ。言い方と表情、ね!スタッフの人にはあんなに爽やかな笑顔を向けるのに…」
ぐちぐち言っていると

「紬先生!」

と声をかけられた。

驚いて振り向くと、笑顔の武井さんが立っていた。

「武井さん!」
驚いて思わず立ち上がる。

「まぁ、座って座って~」
武井さんは私の両肩に手を当て座らせると同時に私の隣の席に座った。

「はじめまして~かな?紬先生の友達?」

「は、はい。天野里美です。」

「里美ちゃん、よろしくね!」

爽やかに下の名前を呼んで手を差し出す。

「よろしくお願いします。」
少し戸惑いながら里美も手を出して握手をかわす。

「天野…里美…天野…」
その後、里美の顔をじっと見ながら名前を繰り返しつぶやく武井さん。
「あっ!」思いついたように里美を指差す。

「そうです。先日お話しした天野グループで働いている親友です。」

「やっぱり?!見たことあると思ったんだよね!総務部の!」

「はい。お世話になっております。」

「いや、そんなにかしこまらなくていいよ、里美ちゃん!俺の事も春馬でいいから!」

気さくにそんな風に言われても会社の御曹司である人を気さくに呼べるわけ無いじゃん…って思ったけど…意に反して

「はい、春馬さん!」
笑顔で呼び掛ける。

えー!呼んじゃうの?!

驚いて目を見張っている私に
「それでね、紬ちゃん」
気さくに話しかけて来る武井さん。

「つ、紬ちゃん…」

「うん、紬ちゃん。あのね、俺がどうしてここに来たかわかる?」
目を見つめながら言われてドギマギする。

「え、いえ…偶然?とか?」

「いや、偶然ではない。あいつがね、慌てて電話してきたから。」

「あいつ?」

「一翔。」

「えっ!?」
思いがけない話に驚く。

「自分がどうしても仕事を抜けられないから俺に紬ちゃんを家まで送ってくれ、って」

「え?家まで送る?!何でですか?」
訳がわからない。

「紬ちゃん…ホントに心当たり無いの?」
武井さんが怪訝な顔で聞く。

正直心当たりは無い。

「紬、何かあったの?」
里美が心配そうに顔をのぞき込んで聞いてくる。

「何か…?」

「フゥ…一翔が心配するのも無理ないな。紬ちゃんさ、最近男性にストーキングされてた事気づいてなかった?」

頭をハンマーで殴られたような感覚に襲われた。あの時のことがフラッシュバックして体が震え始め、息をするのも苦しい。

「…紬!? 大丈夫?」里美の心配そうな声が遠くで聞こえる気がした。

「紬ちゃん?」武井さんが声をかけながら肩を揺する。体の震えは止まらないが金縛りにあったように体は動かない。

その時
「どんな風に話したんだよ?!こんなことになるんじゃないかと思って、やっぱり来てよかった!」
そんな言葉と共に体をギュッと抱きしめられた。柑橘系の香りに包まれ、少し我に返る。
耳元で「大丈夫。大丈夫。」呪文のようにささやく声に安心して涙がこぼれた。

駒山さんが武井さんを押しのけて私の横に座り、抱きしめてくれていた。

「悪い、一翔。ちょっとストレートに言い過ぎたみたいだ。」
武井さんが申し訳なさそうに言う。

「やっぱり俺からちゃんと話す。」駒山さんが武井さんをにらむような表情をしているのが何となく見えた。

「すみません、紬先生。私から説明させて下さい。」そう言いながらポケットからハンカチを取り出し、頬の涙を拭ってくれた。まだパニックがおさまらず、その言葉にただうなずいた。