本当の恋とは言えなくて

私は例えるなら雑草だ。 
花屋の店先に並ぶような花では無い。

踏みつけられ、それでも空に向かって咲こうとただ一生懸命に生きている。





朝夕少し寒さを感じるようになった10月下旬。晴れている今日の空は抜けるように青い。

「おはようございます!」
早番の今日、早朝保育で登園してきた子供達や保護者の皆さんを笑顔で迎える。

「今日は少し肌寒いですが良いお天気になりそうですね。」

「紬先生、すみません。朝夕冷えるせいか卓は風邪気味で…少し鼻水と咳が出ています。」

「わかりました。様子を見ますね。」
たっくんのおでこと首筋にさりげなく触り、体温を確かめながら答える。

「それじゃあ紬先生、よろしくお願いします。行ってきます!」

「はい!いってらっしゃい。」
ビジネススーツをピシッと着て颯爽とヒールで歩く美しい姿、たっくんのお母さんはとても綺麗で格好いい。サラサラでセミロングの黒髪をゆらしエレベーターへと向かって行った。

その後ろ姿をたっくんと一緒に手を振りながら見送る。


まだ29歳と若いのに、保育園と同じビルの中にある輸入系会社の女性社長だそうで、その美しさと格好良さに同じ女としてちょっと憧れている。シングルマザーと言う所にも、母一人子一人で育ってきた自分の境遇を重ね合わせ勝手に親近感を持ってしまう。


「紬先生、抱っこ~」

今月入園したばかりの2歳児のたっくんは可愛い笑顔で抱っこを求める。

「おはよう、たっくん。良く来たね。」
そう言いながらふんわりと抱きしめる。

柔らかくていい匂い。

癒される。


私が勤めている保育園はオフィスビル内にある小さな保育園で、いわゆる無認可保育園だ。園庭があるわけではなく、お外遊びと言えば屋上か近くの公園にお散歩して遊ぶこと。少人数で0歳児さん3人、1歳児さん4人、2歳児さん6人の合計13人を三人の保育士と三人のパート保育士で保育している。

仕事内容のわりに低収入と言われる保育士。私も例に漏れず低収入ではあるがやりがいを感じ可愛子供達に癒されながら張りのある毎日を過ごしている。

保育士6年目。


「杉本先生、今日は1歳さんと、2歳さん連れてお散歩行ってきますね。」

「はい!体調の悪いさやちゃんとたっくんは0歳ちゃん達と一緒にお部屋で過ごしますね。」

「お願いします!」
1歳児さん4人のうち二人は2人乗りのベビーカーへ1人は私がおんぶしている。もう1人はパート保育士の高山先生がおんぶして、2歳さん4人は二人組で手を繋ぎ、一組は私が、もう一組は高山先生が手をつないで連れている。

片手は子供とつないで片手で2人乗りのベビーカーを押す…しかも背中には1人おんぶしている。端から見たら何とも力持ちな怪力女だろう。実際に力持ちではあるが、148センチ40キロとわりと小柄だ。おんぶしている子供に髪の毛が当たってはいけないので頭の上で緩くお団子にしてある。


私たちの保育園がある三階でエレベーターが止まった。
「さあ、エレベーター乗ろうね。」
子供達に優しく声をかけエレベーターに乗ろうとすると、先に背の高い二人の男性が乗っていた。
見たことの無い二人だった。このビルのどこかの会社のお客様かな?

大き目のエレベーターではあるが、沢山子供をつれてベビーカーもあって…申し訳なく思いながら乗り込む。

「すみせん。おじゃまします。」笑顔で声をかけた。

「いえ、どうぞ!今日はお天気がいいからお散歩かな?」

そう声をかけてくれたのは、グレーの細身のスーツをピシッと着こなして栗色の髪の毛にふんわりと緩くパーマがかかっているイケメンだった。背が高いのに威圧感が無いのは少し垂れ気味の目が優しいからかな…うん、かなりのイケメン。

「あっ、はい。そうなんだよね~ゆいとくん。」
手をつないでいたゆいとくんに声をかけると「うん!」人懐っこい笑顔で返事をする。

「そっか、楽しみだなぁ!」
優しくゆいとくんの頭に手を乗せ、軽く撫でてくれた。ゆいとくんはとても嬉しそう。

一方ゆいとくんと手をつないでいたいっちゃんは男の人が苦手だ。案の定「紬先生、抱っこ。」と少し怯えた表情で言う。
「抱っこね。ちょっと待ってね。」
不安な気持ちを汲み取り、優しく声をかけた。 ゆいとくんは一旦高山先生の空いている方の手につないでもらった。

「抱っこするね」
私がひょいと片手にいっちゃんを抱っこする。

「…力持ち」
ボソッと声が聞こえた。
もう一人の男性だった。
黒髪を固めてオールバックにしているからか切れ長の目が少しきつく見える。スラッと足が長くてスタイルがいい。三つ揃いのブラック系ピンストライプのスーツから威圧感を感じた。背が高いからよけいにそう感じるのかも知れない。こちらもかなりのイケメン。

茶髪の彼が慌てたように小さな声で「お前、失礼だろ。」と注意してくれたが黒髪の彼はしれっとしている。

内心ムッとしたが、聞こえないふりをする。そんなこと言われなれているし…。

抱っこしているいっちゃんはやはり怯えているのか二人の男性の方を見ようとしない。
…わかる気もする。私も実は男性が苦手だ。特に背の高い男性は見下されているような感じがして正直怖い。
高校、短大と女子校だったせいもあるかもしれないが、幼い頃から母親と二人の生活だったからかもしれない。
それに…。


ポーン
エレベーターが一階に着いた音がした。

サッと開ボタンを押した茶髪の彼は「お先にどうぞ」少し背を屈めて爽やかに言ってくれた。

優しさと気遣いに感謝する。こんな時、いくら力持ちでもホントに大変なのだ。

「ありがとうございます!」保育士スマイルでお礼を言うと、人見知りの無いゆいとくんと、とおるくんが「ありがとうございます!」と真似て言う。

「おっ!いい子達だね。可愛なぁ~一翔、そう思わないか?」
垂れ気味の目を細めて優しく微笑む茶髪の彼は(ちょっと素敵) と思ってしまった。
一方、黒髪の彼は無表情のまま…。(感じ悪い)

「さ、いっちゃんも歩けるかなぁ~」そう言いながら下ろそうとするが、さすがに重くて少しよろけてしまった。
その時後ろからサッと肩を抱き止められ、大事には至らなかった。

振り向くと黒髪の彼が私の肩を支えてくれていた。爽やかな柑橘系の香りがほのかに香った。

「あっ、ありがとうございます」
あわてて黒髪の彼から離れる。

「いや。…でも、そんなにちっさくてほっそいのに無理しない方がいいですよ。」

小さいじゃなくて ちっさい 細いじゃなくて ほっそい と強調して言われ ちょっとムカついてしまった。大きなお世話です!!と言いたい。

「いや、しかし保育士さんってホントに大変だね。頭が下がるよ。」
私の表情を見てか、あまりの言い様に慌てたのか茶髪の彼がすかさずフォロー入る。

「いえ、好きでしている仕事ですから。では、失礼します。ありがとうございました。」
ちょっと冷たい言い方になってしまったが職業柄笑顔は欠かしていないはずだ。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」
茶髪の彼は笑顔で手を振ってくれた。

私は笑顔で会釈をし、子供達も嬉しそうに手を振って歩き始めた。


白と黒 爽やかと最悪 そん感じの二人との出会いだった。