「慈善事業ですか?」

 イアンツィーさんに提案したのはイアンツィーさんの家で慈善事業をしてはどうかということだ。
 これからピュリタ病の感染者はどんどんと増えていく、その前に薬を大量生産出来る体制を作っておくのだ。

「ちなみにイアンツィーさんのご実家は?」

「えっと...ドレッディーン家です。」

「えっ」

「ドレッディーン家?偉いとこなのか?」

 ドレッディーン家と言えば、私が居たヴァンビルゼ家同様、この国ハイルツェンの創立の一族だ。

(確かに1度長男が神官長を務めていると聞いた事あったけど...)

『まぁいいじゃん!大きな家ってことはそれだけ大きな事業になるってことだし〜』

 エトはそう気軽に言うが、公爵家ともなれば、事業を始めるとなったら他の三家が黙ってはいないだろう。

「驚かせてしまい申し訳ありません。しかし、今の僕にはドレッディーン家の一員と名乗る資格はないんです。なんせ、逃げ出した身なのでね。」

 苦笑いとともにそう言い切った。

(そうか!ドレッディーン家の当主と言えばあの堅物のエルフかー)

 ドレッディーン家はエルフの一族とされ、エルフ特有の魔法と整った顔立ちをして産まれてくる。

(今思ったけどイアンツィーさんってあの魔法の塔設立の人じゃん!!)

『やっと思い出したか〜言いたくてウズウズしてたよ〜』

 魔法の塔それは、魔法の研究機関であり、この国の力の象徴になっていく場所だ。

「イアンツィーさんが公爵家の一員かどうかはこの際どうでもいいです。イアンツィーさんにはとりあえず今から言うことをやって欲しくて、それを達成するために公爵家の力が必要だと感じた時はイアンツィーさん自身でどうするか考えてください。」

 それから私はピュリタ病の特効薬の作り方とこれから流行ると思われる薬の作り方も少し教えておいた。どんなに設備が必要か教え、あとはイアンツィーさん次第だ。

「あっ今言ったこと全ては神の教えということにするのも忘れないでください。私から教えたことももちろん秘密ですし、ここへイアンツィーさんが来たことそして私とあったことも内緒です。いいですか?」

「もちろん秘密は守ります。どうせなら規約作りましょうか?」

 ''規約''言葉にぞわりと背が震えた。
 規約は魔法による強制契約だ。信用は濃いが簡単にはその契約を捨てられなくなる。イアンツィーさんはそれほどの覚悟ということだろう。
 しかし大丈夫だと思っていても、規約に縛られ、貴族達に使い回される周回もあったことを私は忘れられない。きっと忘れては行けないのだろう...

(今までの全ての周回、過去が今の私を作っているのだから。)

「規約はいりません。」

「えっ...」

「あっ違います。イアンツィーさんの覚悟を無下にしているわけではありません。私はイアンツィーさんのことを信頼しているんです。だから、規約はいりません。」

 あからさまにガックリするイアンツィーさんに私はそう声をかけた。

「貴方は...シャロルさんは素晴らしい方ですね。分かりました。では、規約は作りません。...でも、何かあったら僕は必ずシャロルさんを助けますから。...じゃあ僕はここら辺で失礼します。」

 そう言って席を立って玄関(と言ってもこの世界では靴を脱がないので扉)の方へ向かった。
 私も席を立ってイアンツィーさんを外まで見送ろうとした。

「シャロルさん、きっと貴方とはこの先も会うだろうと思うので、シャルさんと呼んでもいいですか?」

「シャルでいいですよ、きっと次会うとしたらイアンツィー小公爵家様ですかね。」

 私は立ち上がったまま答えた。
 イアンツィーさんは思った以上に歩みが早くもう扉にたどり着いていた。

「さぁどうでしょうね。」

 ガチャッ...バタンッ

(なんて言った?)

『貴方のことが好きになってしまっただってー』

 扉の閉まる音でよく聞こえなかったが絶対にそれはないと思った。

「...シャルねぇちゃん...」

(あ...なんて説明しよう絶対変に思われたよね喋り方とか色々...)

「メッチャかっこよかったぜ!」

「えっ??」

「いつあんな言葉覚えたんだよ!やっぱ夜変なことするのにもなんか意味があったんだな!シャルねぇちゃんはすごいんだぜって友達に自慢したいくらいだ。」

「それはダメっ!!」

「っ....!」

 私はカリーが他の子に自慢したいと言われて、不安になったのか、カリーの両肩を強く握り怒鳴ってしまった。

「あ...」

 カリーが今すぐにでも泣きそうな目で見つめてくる。

「ごめん...ごめんね本当に...やっぱダメだね私...」

 カリーの方が急に怒鳴られて怖いはずなのに、何故か私が大泣きしていた。

『シャル...』

「大丈夫だよシャルねぇちゃん!!俺誰にも言わねぇからだから泣きやめよなっ!」

 カリーは優しく私の背中をさすってなだめてくれた。

「ありがとうカリー...」

 私が泣き止んだのはそれから少してからだった。
 _._._._._._
「たっだいまー!!元気にやってる?」

 そう言って元気に家に帰ってきたのは姉、エンディーだった。
 私とカリーは先程乾いた洗濯物を畳んでいる手を止め、エンディーの方を見た。

「おかえり姉さん!」
「エナねぇちゃんおかえりー」

 私達も元気にそう返すと、エンディー満足そうに笑った。

「それじゃ昼ご飯作るねーシャルは手伝ってくれる?」

「もちろん!!じゃっあとよろしくねカリー。」

「はーい。」

 エンディーは私の3つ上で17歳だ。見習いだが、母さんのソリアと同じく針子の仕事をしている。
 まだ見習いなので、昼はこうして帰ってきて私たちのご飯を作ってくれるのだ。

(本当はそろそろ私だけで作らなきゃ行けないんだけどね。)

 18歳になると大抵の子は見習いでなく、住み込みになってしまうので、私は頑張らなければ行けないのだ。
 しかしなんせこの体小さい...

 今も台所での仕事は踏み台を使っている。

「はぁ〜」

「はいため息禁止!!シャルの肉一切れ没収ねー」

「ええ!!そんなー」

 エンディーはよくこんなこと言って落ち込む事を許してはくれない。

「じゃその分俺のなー」

「ええええ!!カリーには絶対あげたくない!」

「だってー残念ね肉は私の物よ」

 そんなことを言い合いながら笑っているうちにご飯はすぐにできた。

(あー幸せ...)

 素直にそう思う日々だった。