「三人仲のいい家族だもんね? みんなで行けばいいじゃない。仕事を紹介してもらえるなんてこんな親切ないよ? 贅沢したいならみんなで働けばいいでしょう、そしたらそれなりに生きていける。お母さんが残した会社には一切かかわらないで」

 人間は生活水準を下げることを嫌がる生き物だ。この数年、身に付いた生活習慣を剝ぎ落すのは苦労するだろうし、何よりプライドが許さないだろう。

 やっと小さくても会社経営している、という肩書きのついた夫を持ち、そこそこ楽しんで暮らせるだけの収入を得た。こんな生活がずっと続くんだと思っていたに違いない。

 梨々子は呆然としたまま、ぼそりと呟いた。

「本当に……? 本当に、私たち、もう今みたいに生活できないの?」

 その声を聞くと、父はようやく自分の立場を分かったようだった。突然私の方を向いて、泣きそうな顔で縋りついてきた。彼とまともに目が合ったのはいつぶりだろう、と私は頭の中で思った。

「京香!」

 情けなくも泣きそうな声をしながら私の名を呼ぶその人が、自分の父親だと思えなかった。

 母が亡くなる前まで、普通のお父さんだったはずだ。こんなふうに威張ったり贅沢したりしない、そんな人だった。特別仲がいい親子とは言えなかったが、別に年齢を考えればごく普通の、良好な関係だった。

 いつからだ。いつからこんなふうになったんだ。

「京香、お前から八神になんとか言ってくれ。頼む、こんなはずじゃなかったんだ!
 お前のお母さんは完璧な人で、一緒にいると自分が無力に感じて空しかった。だから、魔が差して外に安らぎを作ってしまった。
 お前はよく母さんに似てる。だから、京香を見るとまた無力感がわきでて辛かった。だから辛く当たったが、昔は仲いい親子だったろう? 俺がこんな目に遭ってもいいのか?」

 私は表情を変えないまま、じっと実父を見下ろしていた。全身を悲しみと空しさが満たして、頭がおかしくなりそうだった。