「早速ですが本題です。電話で父からも話があったと思いますが、勝手ながら今回の結婚はなかったことにしていただきたい」

 その言葉が耳に入った瞬間、すべてが真っ白になった。

 結婚を、なかったことに。

 結婚を、なかった、ことに……。

 それは私が望んでいた一言だった。彼は約束を守ってくれた。それを言ってほしくて、私はあんなに嫌な女になって振舞っていたんだ。やっと実った。

 それなのに、なぜか――苦しくて、たまらない。酸素を吸えなくなったみたい。人生が終わってしまったような、そんな絶望に包まれた。

 父は笑顔のまま言った。

「いやあ、それは残念ですなあ。京香とぜひ、と思っていましたのに。ですがまあ、この子に八神の嫁は荷が重すぎるだろうから、よかったかもしれません」

「いえ、京香さんは素晴らしい人です。彼女に非は何もない。これは私の勝手な都合です」

「ええ、ええ、しょうがないですよ、結婚は結局相性ですから」

「それで。
 今回そちらに援助する条件としてこの結婚があったのですが、私の我儘でなしになった。本当に私の我儘で、です。京香さんは何も問題なく頑張ってくれていたので、結婚はなしになりましたが、このまま援助は続行していく、と父と決めました」

 彼の言っている言葉が一瞬、理解できなかった。

「えっ??」

 つい声を漏らしてしまう。

 結婚はなしになった。でも、理人さんの我儘でこうなったから、援助はそのまま続ける……?

 両手で口を押える。自分の頭がどれほど空っぽなのか思い知らされた。

 そうだ、理人さんの都合で契約がなしになったなら、善意で援助はそのまま続行しよう、という話になるのは安易に想像できる流れじゃないか。結局うちがどこかに買収されるのを阻止することは簡単なことだ。

 でもじゃあ、この後どうするの? 私には非がないってきっぱり言っちゃったら、私が原因で揉めるなんてこと出来ないじゃない。それとも、他に揉めるための作戦が??

 理人さんに声を掛けようとするより前に、父の嬉しそうな声がした。

「ありがとうございます! ええ、会社ももうちょっと頑張れば、また軌道に乗れると思うんです。社員たちが頑張ってくれてますからねえ」

 とんでもない嘘を言う男を殴り倒してしまいたかった。どの口が言うんだ、徳島さんたちももう辞めると言ってるんだぞ。会社の崩壊は目の前まで来ているというのに。

 父に怒号をぶつけようとするより前に、やつがさらに言葉を並べた。相変わらず口だけは回る。

「それでですね理人さん! 京香とはこうなってしまいましたが、妹の梨々子なんて結婚相手にどうでしょうか? どうも梨々子は、あなたに会って一目ぼれしたみたいなんですよ。いやあ、京香とは全くタイプが違いますから、こちらの方が上手くいくのかと」

「は」

 私は勢いよく隣を見る。ニコニコしてる父と、その向こうで、恥ずかしそうに頬を染めている妹がいた。ここでようやく、この場に梨々子がいる理由と、父が朝から上機嫌な理由が分かった。

 可愛くない娘の私は結婚に失敗し、でも援助は続行され、溺愛してる娘の梨々子にはいい嫁ぎ先を見つけた。万々歳というわけだ。