「……え? お父さん?」

『もう出社してるか?』

「う、うん」

『ちょっと社長室にきてくれ! 今すぐだぞー』

 なぜか上機嫌にそういった彼は、そのまま電話を切った。呆気にとられる。

 怒ってない? じゃあ、理人さんは結局結婚をなしにしなかったの? でも、あの上機嫌はなに?

 混乱しながら、すぐさま足を動かし、父がいる部屋へと急いだ。

 広くもない会社なので、社長室にはすぐにたどり着く。その前には、父が笑顔で立って私を待っていたのだ。

「おーい、来たか!」

 私を見て手まで振った。混乱は絶頂だ、私は首を傾げながら近づいた。

 父は駆け寄った私の肩に手を置き、労うように優しくポンポンと叩く。

「京香、お前にしてはよく頑張ったな。いや、一番いい方法になった」

「は? 待って、話が全然見えないんだけど」

「八神さんのとこの、理人さんが来てるんだ。お前を待ってた、来なさい」

 そういった父は、社長室をノックした。私はぐっと気を引き締める。

 理人さんが来てるんだ。援助の話に違いない。もしかして、父は何か勘違いしてるのでは? 今から援助打ち切りの話をするんじゃないだろうか。

 背筋を伸ばし、覚悟を決める。昨日あんな形で別れてしまい、もっとちゃんと話したかったけど、仕方ない。とりあえず、父も含めて理人さんに今後について相談しなくては。

 こげ茶色の扉を開く。私は一度お辞儀をして中に足を踏み入れようとしたとき、予想外の人がソファに座っているのが見え、ぽかんとした。

 梨々子だった。

(なぜ梨々子? そりゃいずれは会社を継がせたいとか言ってたけど、まだうちの社員ですらないのに)

 梨々子はニコニコしながら座っていた。その正面に、スーツ姿の理人さんがいる。ちらりとこちらに視線を向けたとき、バチッと目が合った。それだけで、苦しいほど胸が痛い。

 彼は何も言わなかった。すぐに私から目をそらし、正面を向く。

「理人さんお待たせして申し訳ありません!」

「いえ。こんな早く、突然訪問してしまった私が悪いので」

「さ、京香もこっち」

 言われるがままソファに腰かける。梨々子、父、私の順だ。目の前に理人さんの顔を見、その目がやや充血していることに気が付いた。彼もあまり眠れなかったんだろうか。まさか父と梨々子の前で昨晩の話ができるわけもなく、私は黙り込む。

 理人さんは私とは目を合わさず、笑顔を浮かべることもないまま言った。