呆れたように言う。

「裸足で全速で走るなんて。石か何かを踏んだんですね、ここの裏に大きな傷がある。こんな足でいたなんて」

 抵抗なく私の足の手当を始める。私はただされるがままでいた。

 私だけだ。彼に近づかれて緊張してるのも、触れられてドキドキしてるのも。私一人だけ。

 彼は涼しい顔をしている。それがとことん自分を落とした。

 丁寧包帯が巻かれ、肌色の足は白く変色した。ようやく足が解放されほっとする。だが彼は、私の顔をじっと見上げた。

「ほかには」

「え? い、いいえ、これで全部です。ありがとうございます」

「思いきり後ろに転倒したんでしょう? 背中が特に汚れていました。傷、あるんじゃないですか。見せて」

「ええ!?」

「背中じゃ届かないでしょう、自分でやるなんて文句は使えませんよ」

 平然とした顔でそう言ってくる理人さんに、私は強く首を振った。背中を見られるだなんて、そんな恥ずかしい真似できるわけがない。強く彼を睨み、毅然とした態度で言った。

「私はこれでも女です」

「もちろんですあなたは女性です」

「理人さんは男性です!」

「女性に見えてなくて安心しました」

「だから、嫌です。そんな恥ずかしいことできません!」

「あなたは性に奔放なんじゃないんですか?」

 ぐっと押し黙る。自分が設定した項目が、とことん自分の首を絞めていく。私はそれでも言い返した。

「それとこれとは全く別ですよ、分かりませんか? 状況も目的もまるで違うでしょうが!」

「でも私たちは結婚する間柄です」

「結婚なんて!」

 しない、と言いかけて口を閉じた。何を言いかけようとしているんだ自分は、そんなこと絶対言ってはダメ。私から婚約を破棄すれば、会社がどんな運命をたどるか分からない。

 どう言い返していいか分からず黙り込む。しばらくして、理人さんがため息をついた。私から視線をそらし、バツが悪そうに言う。

「すみません、冗談です。からかいすぎました。背中は自分でやってください」

 そう言って立ち上がる。自分はそれを見て、反射的に彼の袖を掴んでいた。理人さんは驚いたように私を見下ろす。

「や、やっぱりお願いします。自分でやるの面倒臭いし、思えばこれくらい全然恥ずかしくないですから!」

 負けず嫌いの性格からか、それともうヤケクソか。彼に自分を見抜かれている気がして、どうしても黙っていられなかった。もはや今は嫌われる女を演じる価値があるかどうかも分からないのに、私はそう言ったのだ。

 確か傷は背中の下の方だった。下着が見える場所でもない。ちょっと手当してもらうくらい、別に大丈夫だ。