現れやがった変態が!!

 女の子は驚きで声も出せないのか、叫ぶこともせず、ただ必死に体を振って男を振り払おうとしている。私は握っていたスマホですぐさま警察に電話を掛けた。相手はすぐに出てくれる。落ち着きのある女性の声だった。

 私は簡潔に伝えた。『女の子が変質者に襲われています!』向こうの返事も聞かず、場所だけ早口で伝えると、スマホを耳から離した。

 考える暇はなかった。私は今だ暴れている二人の背後に少し近づくと、履いていたパンプスを脱いだ。そしてそれを、男の背中めがけて思いきり投げつけたのだ。

 これまでの人生、体育の成績は決してよくなかった。特に球技などはだめだったのだが、眠っていた能力が目覚めたのかそれとも偶然か、パンプスは男の背中に思いきりヒットした。男はこちらを振り返る。

「警察呼んだぞ! 離れなさいこのやろー!」

 声の限り叫んだ。片方だけ靴を履いた状態で、拳を握りしめ構えてみる。ちなみに、格闘技や護身術を習ったことは一度もない。

 男がようやく女の子から腕を離した。彼女は力が抜けたように地面に倒れこむ。そして男が体ごとこちらを向いたのを見て、あの子がなぜ叫べなかったのか理由を知ることになる。

 男は手に銀色のナイフを持っていた。

 血の気が引く。正面から見た男の顔は、警察なんて単語にもびくともしない、なんとも冷静なものだった。不安も夢も何もない目の色。イッちゃってるって、こういうときに使えばいいのか。

「に……逃げて!」

 私は女の子に向かって叫んだ。彼女はようやく這いつくばりながら逃げ出す。男は追わなかった。完全に私に狙いを定めたようで、こちらへ近づいてくる。

 女の子がやや離れることができたのを目で確認すると、私は一気に踵を返し走り出した。片方だけパンプスだったので、なぜ両方脱いでおかなかったのかと後悔する。

 気配で男がこっちに向かってきたのが分かった。大丈夫、少し走れば大通りに出る。人がいるところへ走れば大丈夫、……大丈夫、だよね? 刃物持ってるけど、本当に大丈夫なんだろうか。

 必死に走っているつもりだが、怖さからか普段よりスピードが出ていないような気がした。泣き出しそうになりながらとにかく足を進めていくが、すぐにそれは止められることになる。

 襟を強く掴まれ、私は派手に後ろに転倒したのだ。同時に、背後から腕を首に回され固定される。瞬時に息苦しさが襲ってきた。

 悲鳴を上げたくても出ない。恐怖からなのか、喉を締め付けられているからなのか。

 顔のすぐ前に、きらりと光るナイフが見える。それが見えた途端、暴れることもできなくなった。恐怖で縮み上がり、酸素すら上手く吸えず目の前が真っ白になる。

 耳元で、男が息を乱しながら何やらわけの分からないことを言っている。生ぬるい息が不快でたまらなかった。

 警察……警察が早く来て、助けて。誰か来て。助けて!

 ナイフが頬に当てられる。ひんやりとした感触が伝わり、反射的に目を閉じた。もはや、ほとんど諦めだった。