声が出ない。

 こんな展開になるなんて予測できていなかった。自分のつめが甘い。でもまさか、そんな流れにしてしまうのは断じていけない。だって、試されたらきっとバレる。経験豊富ですみたいなこと言って、全然違うっていうこと。

 かあっと顔が熱くなった。それは自分の愚かさと、恥ずかしさと、全然上手く事が運ばないことに対しての絶望もだった。

 すっと理人さんの顔が近づいてきた瞬間、自分はつい反射的に彼の手を振りほどき、後ずさりをした。その拍子で、お尻がソファから落下し背後に倒れこむ。どすんと不格好な音を立てながら床に落ちると、そんな私をじっと見下ろす理人さんの姿が目に入った。

 言い訳も何も思い浮かばず、私はただ彼を見上げるだけ。

 少し沈黙が流れる。理人さんは私を見つめながら、静かに言った。

「京香さん、あなたの本心を、ちゃんと教えてください。あなたが本当に思っていることを知りたいんです」

 諭すような言い方だった。返事も出来ずにそれを聞いている。

 私が思っていること? あなたの方から結婚を断って、うちへの援助もないしにして、買収されたいんですって、それを全部言えというの?

 ビー玉みたいな理人さんの目を見ていると、胸が締め付けられるような感覚に陥る。ああ、促されるようにすべて言ってみたら、私に協力してくれるかもしれない、と。

 そう思いかけて否定した。安易に相手を信じすぎてはいけない。相手が本当は何が目的か、まだ分かっていないじゃないか。もしかしたら罠かもしれない。

 こんなめちゃくちゃな結婚をしようとしてる目的は、なに?

「……理人さんこそ、私に本心なんて言ってないですよね?」

 震える声が出る。

「隠してますよね? 私に言ってないことあるでしょう?」

 それを聞いた彼は、ゆっくり私の正面にしゃがみ込んだ。そして、やや眉間に皺を寄せながら答える。

「ええ、ありますよ。京香さんが知らないだろうなということ」

 きっぱり言い切った彼を驚きの目で見つめる。いつものにこやかではない、理人さんの表情。私は口を開いて、すぐに閉じた。相手が今は、答えを言うつもりがないんだと分かっていたからだ。

 私の本心、彼の本心。一体、何がある?