私の存在に気づいた理人さんが、笑顔で挨拶をしてきた。

「京香さんおはようございます。もうすぐ朝食が出来上がりますので、待っててください」

「お、おはようございます。これ、理人さんが作ったんですか?」

「はい。昨日夕飯はご一緒できなかったので、朝食は向かい合って食べられたらと」

 八神グループの次男が料理? いやそれはいい。突然現れた、態度が悪い女のために用意するだなんて、どういうことだ。私は昨晩、彼の存在なんていないように一人で食事を取ったんだぞ。

 驚きで動けない私に、理人さんは心配そうに言った。

「もしかして、和食派でしたか?」

 そんなことないです、と言いそうになった。それをぐっと堪える、彼のペースに飲み込まれてはいけない、絶対にだ。

 私は一旦呼吸を落ち着け、なるべく冷たい声にして答えた。

「と、いいますか……私、朝は食べないんです。だから、明日から用意しなくて結構です」

 言うたび、胸が痛い、と思う。

 相手をわざと傷つけるように発する言葉は、吐き出す方にも凶器になるのだと知った。理人さんは昨日から、私に歩み寄ろうとしてくれている。なぜかは分からないが、それが事実だ。優しく迎えようとしてくれているのに、この態度は本当にありえない。

 でも仕方ない、こうするしかない。

 彼は返事を返さなかった。コンロの火を消すと、持っていたフライパンから料理を皿に移す。どうやらベーコンと目玉焼きのようだった。二つの皿を持ち、テーブルに置くと、つかつかと私の元へ歩み寄ってきた。

 つい、身構える。やっと怒らせたか。

 怒鳴られるのは承知の上だった、というかそれを望んでいるのだから。彼は私の目の前に立つと、ゆっくりとした口調で言った。

「朝食を抜くのは、健康に悪いです」

 思っていたよりずっと柔らかな声がしたので、顔を上げた。こちらを覗き込む理人さんの前髪が、サラリと揺れる。その光景に、なぜかどきりと胸が鳴った。

 怒っている様子はまるでなかった。それどころか笑いながら、私に言う。

「ですから、その提案は却下です。サラダだけでもいいので、食べましょうね。ちゃんと毎日、ですよ。さ、食べましょう」

 そう言った彼は踵を返し、ダイニングテーブルに腰かける。私は何となく、何も反論できず黙り込んでいた。さっきのドキドキがまだ残っている。さすがにここで相手を無視することはできず、私は無言で理人さんの向かいに座り込んだ。せめてもの反抗で、いただきますはしなかった。大変行儀が悪い、お母さんに見られたら絶対に叱られている。

 そのまま沈黙の朝食が始まった。気まずくてならなかった、早く食べ終えて、彼の正面から逃げ出したかった。私の計算が、すべて見透かされていそうな視線が、あまりに苦手だったのだ。