(とりあえず、少しはここで暮らすんだし、色々見ておこうかな)

 立ち上がり、まずはキッチンへ入った。ここも綺麗に磨かれている。ハウスキーパーを雇っていると言っていたし、その人が色々やってくれるんだろうな。

 こそっと引き出しを開けてみる。調味料などはたっぷり入っていた。スパイスなども種類豊富だ。ちょっと使ってみたいな、なんて。

 次に冷蔵庫を見てみると、そのハウスキーパーが残しておいたであろう食料がたくさん入っていた。なるほど、夕飯はこの作り置きを食べている、というわけか。八神グループだもん、忙しいし夜も遅くなるんだろうな。

「わ、美味しそう。これも、これも。さすが」

 入っている料理はどれもおいしそうだった。今まで、家で食事なんて出てきたことがなかった私は、夜遅く家族が寝入ってから簡単に作るとか、あとは買ってきたものばかり食べていた。

「誰かが作る料理なんて、久しぶりかも」

 微笑みながら母のことを思い出す。

 忙しかった母は、それでも手料理をふるまうことも頑張っていた。仕事で遅くなる時は、私にお弁当を作っておいてくれたものだ。もう二度と食べることができなくなったミートボール、何度試作しても、あの味が出せない。

 感傷的になる。

 お母さんが残してくれた会社を、こんな形でしか守れない自分が悔しい。

 気が付けば、冷蔵庫から警告音が響いてた。長く扉を開けすぎてしまったらしい。私は慌てて閉める。

 そして、自分を強く戒めた。今落ち込んでてもしょうがない、自分にできることをやるしかないんだと。

 父のバカみたいな経営から、一日も早く救ってあげたい。それが、私の使命だ。