あなたに嫌われたいんです

「必要最低限しかなくてすみません。足りないものはまた揃えましょう」

「は、はあ」

「狭いですか? ご実家の部屋の方が広いでしょうか」

 物置のような自室を思い出した。あの部屋と比べるなんて雲泥の差だ、だがあえて言っておいた。

「そうですね……実家の方が広かったかな」

「すみません、ここが一番広いんですが」

「いいえ。大丈夫です、ありがとうございます」

「化粧品も適当に買ったんですけど、気に入らなければすみません」

 気に入らないわけがない! と、叫びそうになったのを必死に飲み込んだ。女なら心が踊らないはずがないラインナップだ。でも、ここで喜んではだめだ、だめなんだ、京香よ理性を保て。

「うーん、私肌弱いし香りが強いものは使えないんですよねー。あれはちょっと……かなあ」

 私が理人さんなら、多分ぶん殴ってる。

 これだけいい部屋や化粧品を用意してもらいながらこんな発言する女、この最上階から投げ出してる。

 が、やはり彼は表情一つ変えずに謝ったのだ。

「すみません、そうですよね。女性の化粧品なんてよくわからなくて……好みもありますよね。じゃあ、あれは捨てておきます」

「ああっ!!」

「え?」

 ドレッサーに近づこうとする理人さんを、つい大声で止めてしまった。だって、捨てるって言った? あの化粧水、一本いくらすると思っているんだ。

 きょとんとしながら私を見ている。私は急いで顔を取り繕った。

「……私が処分しておきます」

「え、でも」

「友達が欲しがるかも。どうせゴミにするなら、欲しがる人にあげればいいから」

 つっけんどんに言い捨てた。理人さんは納得したようにうなずき、私に笑いかけた。

「ありがとうございます、そうしてください」

「はい」

「まずはゆっくりしてください。僕はリビングにいるので、また後で」

 そういうと彼はすぐに部屋から出て行ってしまった。扉がしっかり閉じられ、誰もいなくなった部屋に沈黙が流れる。そしてようやく体の力が抜けた私は、膝を床についてへなへなと崩れた。

 自分には不釣り合いな豪華な部屋に、居心地の悪さを感じざるを得ない。唖然としながらもう一度部屋を見渡した。

 色々違う。当初計画していたことは、何一つそれ通りに行っていない。

 まず相手も違った。年も近いドストライクのイケメンだった。それはまあいい、どうせ結婚なんかしないんだから、相手は誰でもいい。

 でも向こうは結婚に乗り気のようだ。こんなどう見てもハズレ感満載の女との結婚を、だ。頭のネジ足りないんだろうか。

 このままじゃいけない、私は結婚する羽目になり、会社を助けることができない。

「まだだ、まだやり方が甘いんだ……」

 ぼそりと呟いた。

 理人さんは、大分心が広いか天然か分からないが、ちょっと嫌な発言をするくらいじゃ全然効いていない。もっと幻滅されるようなことをしないと、きっと私を嫌ってはくれない。

「こんな悩みある!? 普通、好かれたくて必死になるのに、嫌われるのに必死になるだなんて!」

 小声で悲痛な叫び声を上げた。そしてはっと、友人に現状報告と相談をしようと思いつく。今回の流れもすべて知っている、仲のいい友達がいるのだ。

 鞄からスマホを取り出して呼び出す。頼むから出てくれ、私は今一人でパニックだ。誰かに聞いてもらわないと自分を保っていられない。

 願いは叶った。耳に届くコールはすぐに聞きなれた声に変わり、明るい挨拶が響いたのだ。