木村がいなくなると同じブースに彼女と僕の二人だけになった
声をかけるべきだろう。僕は固唾(かたず)を呑む

「あの・・」
『あのさぁ・・』

同時に言葉をかけた僕たち。とにかく気まずい。

『ああ、君から・・』
「えっ、いいえ、先生から」

うっすらと笑みを浮かべた彼女に安堵した僕も微笑むと、やっと息をついた。

『驚いたよ。まさか同じ職場になるなんて』
「はい、ほんとに」
『困ってるでしょ? この間の事があるから』
「・・・・・・」
『今までの事は、なかった事にしましょう』
「はい?」

彼女は困惑しているようだけど、同僚として今ここにいるわけだし、当分の間、僕は彼女の指導者になる。それなら、何か始まったわけではなかったのだから、スタート地点に戻るのがベターだろう。


『それじゃ、改めて宜しく。名前は覚えてる?』
「・・片瀬俊先生ですよね?」
『そうか、覚えててくれたんだ』

彼女は、僕の着ているスクラブの胸辺りを指しながら微笑んだ。

『ああ、、、名札か?』
少しだけ面白くない。そんな顔をツイしてしまったんだろう。