「だからさぁ、悪かったよ。僕だって坂本先生が薫先生に気があるなんていう事を聞かなかったら、紹介なんてしないし」
「だから?何?」

木村優一のその言葉に、坂本が機嫌悪そうに答えた。
元はと言えば、薫の子供の優人が救急で紹介された大学病院で木村が再会した事が発端だった。歳は上だが木村の友人で小児科医の坂本は、紹介される前から薫の事は知っていた。薫は気にもしていないが、医学部の頃から美人だと噂になっていたし、一度だけ会話を交わしたことがある。
憧れの存在だった薫が木村の先輩で知り合いだと聞かされたからには、お近づきになりたい。そう思うのが自然だった。
そして、坂本はシングルマザーになっている薫に猛アプローチをしている最中なのだから。

「だから、その、、本命が帰って来たんだよなぁ」
「えッ!前に木村が言ってた薫先生の忘れられない人って奴か?!」

いつもは穏やかな坂本が目を見開き、この時ばかりは木村に詰め寄って来た。

「うん、そうだな。う~ん、もう勝ち目はないと思うよ」
「木村!どうしてそんな事が言い切れる? そんなのわからないだろう!?」

木村が肩をすくめ、気まずい思いで言った。

「いやいや、、僕が誤解してたんだけど、二人ともマジなんだよ」
「僕だってそうだよ!」

坂本が大声で木村に反論した。まぁ、そうだろう。

「とにかく、木村!僕はこの数か月、薫さん親子を見守って来たんだ! 誰が相手だって、もう簡単に引っ込んだりしない!」
「ああ、そうか。ああ~」

木村は坂本の宣言にも似た言葉に、眉根を寄せて、困ったように頭を掻いた。
慶生大学で自分が初期研修時代に感じた事、俊が薫を好きだった事は認識していた。しかし、あの事件以来、ふたりは別れたようだと思っていた。俊が渡米してからのふたりの消息は一切わからなかった。偶然にも薫の子供の優人を大学病院で診察し、たまたま小児科医の坂本に引き合わせた形になったのだ。

そんな坂本が、薫に惹かれ、薫の人生、優人ごと引き受けようと奮闘していた。ところがだ、突然に帰国した俊の講演を聞きに行こうとした会場で、薫に出会ったのだ。そうかと、薫を引っ張って会場に入ると、薫の壇上の俊をみて目を潤ませているではないか?! 講演後ふたりが近づいた時、木村は自分の間違いに はっきり気づいた。

だからこそ、友人でもある坂本に諦めてほしくて話をしてみたのだが。