『僕がアメリカに行く日に車のkeyを木村、お前に託すよ。宜しくなッ』
「せ・せんぱ~~~い」

木村がとっても喜んで、おまけに調子のよいリクエストまでして来た。
彼女が今、その山〇病院で受診中だからそこまで送って欲しいって。僕の車は2シータ-だってわかっててしょうがない。本当に困った奴だ

『今日だけだぞ。あと一週間は日本だから、その後だからなッ!』
「サンキュウ~ッ! 先輩、やっぱり片瀬先輩だッ!」

医局にあった医学雑誌や諸荷物を 自宅のマンションに置いてから
木村を横に乗せて、目的地の山○病院に着いた。
病院の玄関前で木村の彼女が待っていた。僕は会釈してから運転席を木村に明け渡す。

「先輩、悪いっすね。このお礼は必ずしますから」
『はッ・・ああ、期待しておくよ。ほらッ、行って』

ここで、妊婦を待たすなんて、なんて酷い夫だって知らない御婦人に叱られた事を思い出した。木村の奥さんになる彼女を濡らすことなく帰らせる事ができて何よりだ。そんな事をふと考えた。
ちょっとだけ 雨足が酷くなりそうだった。僕は一旦玄関のエントランスでスマホを開けて大澤学長の自宅に電話を入れた。

約束したまま 一度も顔を出していなかった。後、一週間で日本を離れるし、その前に 約束を果たさないといけないと思った。
”君が落ち着いてから・・・” 

いいや、僕は落ち着いてなんかいない・・・諦めに似た感情ならあるけど、いつも どこか心が安心できずに宙を彷徨ってる感じなんだ

伺う約束を取りつけて電話を切ると、傘をさして歩きはじめた。
こうやって車を使わずに歩くだなんて、どれぐらいぶりだろう?
すれ違う親子ずれ、一つの傘に仲良く寄り添うカップル、病院に向かうお腹の大きい妊婦さん・・いろんな人間が目に入った。この数ヶ月は、何をしていても世の中を・・この目で見てる気がしていなかった。


目の前を歩いてくる女性に目が行った・・・・薫?
間違いない、薫だった。