頬を零れ落ちていく涙を、自分が(ぬぐ)うよりも先にすくったのは、クロエさんだった。


葉の上に落ちた大きな雨粒に触れるように、指先で。

小さな子供を慰めるように、唇で。


一粒一粒、(いつく)しむように涙をすくっていく。


突然泣き出した自分に、呆れた顔をしているかと思ったけれど、その瞳にはただ自分が映っているだけだった。

毒みたいだと思った唇は、頬に触れると柔らかく、ふわりとしていて、その温かさで涙は更に零れていった。


―――人前では、何があっても泣かない。

幼い頃に自分で立てた誓いが、ゆるりゆるりと(ほど)けていく。



もういいんだよ。

どこか遠くで、そう聞こえた気がした。


とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったのかと思ったけれど、そんな事はもう構わなかった。

涙は、ますます零れ落ちる。




「追いつかない」

そう言って抱き寄せてくるクロエさんの腕を、振り払おうとは思わなかった。



成すがままに身体を預けて、目を閉じた。
左胸から聞こえてくる心拍音に、自分の心拍音を重ねた。

この人も自分も生きているんだな……なんて、自分でもよくわからない事を、ぼんやりと思った。


口の中に侵入してきた涙は、よくわからない横文字のアルコールよりも、ちゃんと味がした。