「…建国千年祭のあの日、フェルナンド王太子殿下は私を助けてくださいました。そうして、真っ直ぐに私を見て、言葉を贈ってくださったのです」

どのような言葉を贈られたのか、ルヴェルグは尋ねなかった。嬉々とした表情で一緒に踊ったこと、一粒の真珠をもらったと語るクローディアを見れば大方想像はつく。


だが、皇宮という箱庭で大切に育てられたクローディアの世界は狭く、家族とベルンハルト一家以外の人間とは殆ど接点を持っていない。

外に出て初めてその目で見て、耳で聞いたものならば、余程のものでない限り何だって綺麗に思えてしまうだろう。

そう考えているルヴェルグは、皇帝として気が進まないと言っておきながら、本当はクローディアのことが心配で堪らないだけなのだ。

「人間という生き物は、心なくともいくらでも愛を囁ける。何を言われたのかは分からないが、本心からのものだと受け取ったのか?」

「はい、陛下」

お兄様、とルヴェルグのことを呼ばなかったことに驚いたのは、エレノスだけだった。

「わたくしは、オルヴィシアラに嫁ぎたいと思っております」

誰かの導きではなく、初めて自分から立ち上がったクローディアは、ゆっくりとした足取りでルヴェルグの前まで行くとローレンスが落とした文書を拾い上げた。

その姿を見たエレノスは声を失い、ローレンスは顔を俯かせていた。

ただ一人、ルヴェルグだけがじっとクローディアの目を見つめている。

「…そうか。そなたの思いは分かった。急ぎオルヴィシアラに使者を送ろう」

自分の意志を尊重してくれたことに、クローディアは顔を綻ばせながら感謝を述べた。