甘くてこまる




「郁────矢花 郁です。今日、このスタジオで撮影しているはずで……、なので」




郁の名前を出したとたん、警備員さんの目が鋭くなった。





「スタッフパスは?」

「えっ」

「スタッフパス。関係者なら持ってるはずだ。それがないとスタジオへの出入りは許可できないよ」





し、知らなかった。
どうしよう、そんなの、持ってない……!


辺りを見回してみると、たしかに、ビルの中に入っていく人たちは、みんな首からカードのようなものを提げている。


もしかすると、郁のママは持っていたけれど、わたしに渡すのを忘れてしまったのかも。




「すみません、持っていなくて。でも、大事な忘れものなんです! 台本、これがないと郁の仕事が大変────」



「はあ。そういう嘘ついて、なんとかスタジオに入ろうとするファンの子、ときどきいるんだけどね。駄目だ、帰ってくれないか」



「嘘じゃないんです! 郁に連絡すれば、きっと分かるはずで」




一度疑いの眼差しを向けられてしまうと、それをひっくり返すのは難しい。


なんとか説明しようと試みるけれど、警備員さんは首を横に振って突っぱねるばかりで。




困り果てた、そのとき。





「その子、オレの知り合い。通したって」