「ここ」
郁が自らの唇の端に、とんとんと触れる。
「んん……」
「そこじゃなくて、もっと右」
「わ、わかんない」
郁の指示に従って拭おうとするけれど、自分じゃよくわからない。
不毛な攻防の末に、諦めて、郁の袖を引く。
「郁が、取って?」
「……え」
「その方が早いもん」
「あー……まあ、たしかに、そうかも」
歯切れの悪い返事をした郁の、喉仏がゆっくり上下する。
それから郁の指先が、わたしの頤にそっと触れて。
「目、つむって」
「……? わかった」
郁に言われるがまま、瞼を下ろす。
きゅっと目を閉じたわたしの唇の端をなぞるように、郁の指先の淡い感触が動く。
なんだかくすぐったくて、ふるりと体が震えた。



