甘くてこまる



「おすそわけのコロッケです」


「わー、こんなにたくさん! うれしい〜、助かるわ〜。ちょうど明日、マドレーヌとクッキーを焼こうと思ってたから、お返しに持っていくね」


「やったあ、郁ママのマドレーヌ大好きですっ」


「せいらちゃん、いつもそう言ってくれるから嬉しいわ」





ママは料理が好きで、郁ママはお菓子作りが好き。


昔からよくおすそわけをしたり、もらったり。


小学校の頃は、郁とわたしなんか、お互いの家に代わる代わる上がっていた。



そのときから、郁はうちのかぼちゃコロッケがお気に入りで、わたしは郁ママの焼くバターたっぷりのマドレーヌが大好きなんだ。



そういえば、郁は……。





「……あのう、郁って今、家にいますか?」

「ごめんね。今日は夜中までお仕事みたいなの」

「あ……。そうですよね、今忙しいですもんねっ」




コロッケを渡すついでにもしかしたら会えるかもしれない、なんて淡い期待はしゅるしゅるとしぼんでいく。



そりゃあそうだよ、郁は芸能人。



芸能人なんだもん。

そう簡単には会えないよ。





「気にかけてくれてありがとうね、郁にもコロッケもらったってちゃんと伝えとくね」





ぺこりとお辞儀して、郁ママと別れて。




『俺から、離れないでよ』 ────思い出すのは、郁の寂しそうな声。




郁は、あんな風に言うけれど。

だけど、だけど。

わたしにしてみれば。




〈芸能人〉なんて遠いところまで、勝手に、わたしのこと置いて行ってしまったのは、郁の方。


先に離れていったのは、郁の方だよ。






「……っ、ばか。郁のばか」





『そう簡単に、離れられると思ったら甘いから』────郁がなにを考えてるか、全然わかんないよ。