邸に、と言っても叔母の邸だが。帰って来た私は机の上に山積みになった招待状に目を向ける。
公爵となった私と繋がりを作りたい貴族からのお茶会やパーティーの招待状。
「戦争は終わったばかりだというのに呑気なものだ」
いや、戦争中もほとんどの貴族が呑気だった。特に王都やエルダから離れた場所に領地を持つ貴族にとって戦争はどこかよその国で起きている出来事のような感覚なのだろう。それこそ、観客席から舞台を眺めている気分なのだろう。
幼い頃から戦場に行き、気がつけば英雄と呼ばれるに近い功績を残していた私の話を率先して聞きたがるのはそのためだ。
英雄が犠牲になった多くの戦友の命の上に成り立っていることも、何百、何千という人間を殺したことによって得られる称号だということも、浴びるのが賞賛ではなく血であるということも知らない。気づこうともしない。その愚かさに吐き気がする。
招待状の一番上、豪華に装飾された招待状は王女シーラから送られたものだ。
たった一度、戦場に行く前に話しかけてきた私よりも年上の無垢な少女。その一度で私が彼女の友人であるかのように周囲に振る舞っている。いや、もしかしたら振る舞いではなくその一度で彼女は本当に私が自分の友人だと、友情を育めていると思っているのかもしれない。
戦場に行く前、彼女は死ぬであろう私に笑いながら言った。
『今からね、お友達とティーパーティーをするのね。あなたも参加しない?』と。
あの時、私が心の底から殺意を抱いたことを彼女は知らない。
人の命が国のわがままにより、理不尽に奪われているのにパーティーをする無神経さは同じ人間だとは思いたくもない。
私は全てに断りの返事を書き、招待状はゴミ箱に入れた。
やることはたくさんある。遊んでいる暇はないのだ。
まず、王都にお店を出した。売るのはこの国にはない様々な形をしたパンやフルーツを使ったパン。それに飲み物にもフルーツを使った。
パイデスにあるパンは丸い形をしているものばかりだし、最初から味がついているようなものはない。でも戦場で出会った少し変わった傭兵の故郷では動物を模したパンやパンにフルーツや生クリームを使っていたりするようだ。
パンにはバターをつけて食べる方法しか知らないのでとても画期的だと思った。
その男の故郷について聞いたら彼はなぜかとても悲しそうな顔をしてここよりもずっと遠い、もう二度と帰れない場所だと答えた。もしかしたら男の故郷は亡国なのかもしれない。男があまりにも悲しげな表情をするのでそれ以上は聞けなかった。だが、故郷にある食べ物の話はたくさん聞いた。
フルーツを使った飲み物もその一つだ。フルーツはそのまま食べるものばかりだと思っていたから潰して出た果汁を飲むなんて思いもしなかった。言われた通りにして飲んでみたがとても美味しかった。それにフルーツの色がそのまま出で視覚的な楽しみもある。これは真似されないように一工夫、二工夫しよう。そうすれば目玉になるはずだ。
お店のオープン前に叔母に頼んで社交界で噂を広めてもらったり、叔母主催のお茶会に出してもらったりした。
貴族は真新しいものにすぐ食らいつく。おかげでオープンと同時に店は繁盛した。
戦場に行ったからこそ出会えた者たちがいる。だからこそ、得られた知識がある。無駄なことなどないのだと初めて思った。初めて、自分を少し誇らしく思えた。