パイデス国王は歴史に名が残る名君でもなければ、かといって悪政をしく暴君でもなかった。
エルダの魔鉱石欲しさに戦争を仕掛けるほどの強欲さと愚を兼ね備えてはいたがそれでも長い歴史の中に王としての名を連ねるも、有象無象に埋もれてしまうほどには何もない王であった。
その王の葬儀は宰相の進行のもと滞りなく終わった。
王女が棺に眠る王の姿に縋りつき、泣き喚く姿は離れた場所から見ていた国民の涙を誘うものであった。
「明日は女王任命式か」
本来なら陛下が王女の頭に王冠を乗せて行うのだが、その陛下は既にいない。そういう時は大司祭が代わりに女王の頭に王冠を乗せる。
神の許可を得た、正式な王という証のために。
「女公爵様、王女殿下がお呼びです」
葬儀が終了後、王宮の侍女に声をかけられた。
葬儀が終わっても王女はまだ忙しいはずだ。何せ、何の準備もないまま女王として立たなければならないのだから。本来なら彼女が女王として立つ時は既に伴侶が決まっており、その人が王配として女王を支える手筈になっていた。それすらないまま女王として立つことになった今の彼女に私と話す余裕はないはず。
一体こんな時期に何の用だと言うのか。
「アイリス、急にごめんなさいね」
「いいえ、殿下」
陛下の死が余程こたえているのだろう。随分とやつれたように見える。目の下も化粧で隠しているが近くで見るとかなり濃い隈ができているのが分かる。
「私ね、お父様がたくさんの愛情を注いでくれたからお母様がいなくても寂しくはなかったの。初めからいないかったから、いないことが当たり前だった。家族を失うってこんな気持ちになるのね。お父様を失った初めて、あなたの悲しみを理解した気がするわ」
「・・・・・・」
どういうつもりだろうか。
家族を失った者同士、仲間意識でも芽生えた?
でも、大切な人を失った人間はこの国にはたくさんいる。だって、戦争をしていたんだもの。
違う意味があるとしたら何?
後ろ盾がない状態で女王として立つから女公爵である私と仲良くすることをより顕著にすることで自分の地位の安泰を図ろうとしている?
私は新米の女公爵だけど、事業が上手く行っているから財力はかなりある。加えて先の戦争での功績もある。そこに目をつけた?
「どうされたんですか、殿下?」
「アイリス、私は女王になるわ」
真っ直ぐと殿下は私を見る。その目を、彼女の表情を見てああ、ヤバいなと思った。
「お父様のような立派な国主になる。急なことで何の準備もないままで不安なことばかりだけど私は一人じゃない。だから頑張れると思うの」
「さようでございますか」
「私はね、この国を幸せ一杯の国にしたいの。スラムのような場所がない、飢えて死ぬ人がいないような国。この国に生まれて良かったってみんなが思えるような国に」
これは宣戦布告だ。
「犯罪のない国にするの」
孤児院のことが尾を引いているのが分かる。
女王になってまずは孤児院の改善にスラム一掃でもする気だろうか。
そんなに簡単な問題ではない。特にスラムの一掃は。国の政策を一から見直さないといけない。正しく一掃する場合はだけど。
力づくでするのなら簡単だ。スラムの人間を全員殺すか国外に出せばいい。警備兵、近衛に命じれば簡単にできる。スラムを隔離して火を放って無くすのもありだろう。
王女はどのような手段を用いて、「みんなが幸せな国」を作るつもりだろうか。
「善悪の報いは影の形に随うが如し。国主であるなばらそれはより大きくなって返ってくるでしょう。その余波もまた計り知れないはずです。忠臣の言葉に耳を傾け、殿下の目指す国になることを祈っています」
誰を忠臣とするのか見させてはもらうけど。
「ありがとう、アイリス。私の理想郷のためにあなたも力を貸してね」
私を犯罪者だと罵っているのに、本当に面の皮があつい。
「国がより良くなるのであれば協力は惜しみません。私も国に忠誠を誓った貴族ですから」
「ありがとう」
ハッ。笑える。
私、一言も「殿下に協力する」とも「殿下に忠誠を誓っている」とも言っていないのに感謝してくるなんて。物事を自分本位にとらえすぎだろ。
やはり、この存在は危ういな。