side .王宮

「王女様が扱っている孤児院の孤児たちに虐待をしていたそうよ」
「王女様って確か勉強も兼ねてルーエンブルクで孤児院運営をしてるんだろ。そこで問題を起こすってことは王女だけじゃない、ルーエンブルク女公爵も敵に回すことになる。下手に関わらん方がいいな」
「女公爵も大変よね。王女殿下のお遊びに毎回付き合わされて」
「これ、滅多なことを言うもんじゃない。国王陛下は王女を溺愛されているんだぞ。もし陛下の耳にでも入ったらどんな処分を食らうか」
「伯爵の言うとおりですが、私も婦人の意見には賛成ですぞ。今回、王女が孤児院に回した運営費を知っているか。私ら貴族家の一ヶ月分の生活費に相当するぞ。孤児院相手に分不相応だ。そんな馬鹿げた運営費を回せるわけがない」
「確かに。使用人に王宮筆頭レベルの料理人に医者の手配、しかも以前孤児に大部屋ではなく一人一部屋を与えるとか言っていたし。頭がおかしいレベルだ。とてもじゃないが付き合いきれん」

◇◆◇

「いい感じに毒が回って来ているわね」
王宮での王女の評判はガタ落ちのようだ。
「女公爵様の流した噂が一番大きく影響しているようです」
家令の持ってきた情報は満足のいくものだった。
「アイリスが心配していた孤児院に関する王女の計画立案は提案される前に揉み消しが決まったな」
息抜きがてら私の執務室に来ていたエリックが家令の持って来た情報に目を通す。
「でも王女の孤児院改革計画なんてわざわざこんな裏で手を回さなくても不可能な話だろ。現実的じゃないし、金に強欲な貴族がわざわざ孤児のためにこんな大金をかけるわけもないし。敵の敵は味方って感じで今回ばかりは派閥なんて関係なしに結託して阻止するだろ」
エリックの言い分はもっともだ。
私がこんなことをしなくても王女が議会に通そうとしている孤児院改革なんてまず通るはずがない。でも王女を溺愛している王の考えや動きが私には分からない。
「結果は誰にも分からない。だから策を講じる。何重にも重ねて。未来なんて予測し得ないことばかりだもの」
誰も予想していなかった。
パイデスがエルダに戦争を吹っかける未来も、ルーエンブルクが戦火に焼かれる未来も、私が戦場に行く未来も、お父様たちが死ぬ未来も。誰も予想していなかった。
「全てを肯定されて生きて来たお姫様は今回、初めての否定と失敗を味わうことになる。その時、彼女はどう変貌するかしらね」
「変貌するのか?」
「するでしょうね。己の行いを振り返り、考える方向に向けばいいけどそれは難しいでしょうね。院長やレンの報告を聞く限りではかなり苛立っているようだから。きっと全ての失敗をルーエンブルクのせいにしてくるはずよ」
「なるほど。そのために噂を流したのか。王女が王宮に戻って自分の失敗をルーエンブルクのせいにしても王女の孤児院での行動や議会に通そうとしている孤児院改革の議案を噂で知った貴族たちからしたら世間知らずなお姫様がただ喚いているだけ。その姿はひどく滑稽に映るだろう。誰も本当にルーエンブルクに問題があったなんて考えない」
身分だけが全てじゃない。立ち居振る舞いから人は人を判断する。
どんなに身分が高かろうとそれに見合った振る舞いができなければ、無知であれば下位のものでも容易く牙を剥き笑いながら噛み殺しに来る。社交界とはそういうところだ。
「王女が弟のように大切にしているルーからもこちらよりの発言ないしは現状の正確な報告を王宮にしてくれたらもう王女に後はない」
そこら辺はレンが上手くやっているようだし、半年と経たずに王女を追い出すことができるかも。
ここでの時間が長いほど王女の悪評は立ち、貴族は自分達の孤児院にも王女のやり方をしなくてはいけなくなるかもという危機感を抱き、王に訴状するだろう。
王もこれ以上愛娘の悪評を広げないために早めに引き上げさせるだろう。でなければ、王女の未来を自らの判断で断つことになるのだから。

その時の私は目先の危機を回避することばかりに目を向けていて本当の危機が訪れようとしていることに気づきもしなかった。