side.レン

妙な女が孤児院にやって来た。王女だというその女は孤児院の先生達を全員追い出しやがった。
しかも俺たちに仕事をさせてくれない。
俺たち孤児はただでさえ就職が難しい。孤児院を出て行った兄ちゃんや姉ちゃん達がどれだけ苦労しているのかはよく聞く。だから少しでも就職率を上げようとアイリス様が十歳以上になると見習いという形で働かせてくれていたのに。
あの王女様にずっと居座られてたら俺たちはマジで飢え死にする。
「薄汚い孤児の分際で、本当なら私たちと言葉を交わすこともできない卑しい身分のくせに」
「っ」
「レン兄っ」
王女様が連れてきた侍女は孤児院で働くことが不満のようで毎日のように俺たちに暴力を振るってきた。
「うるさいガキね」
隣で泣き喚く弟にも暴力を振ろうとしていたので俺は弟を背中に隠した。
「自分より弱い人間にしか強気に出られないあんたらはどれだけいい御身分だってんだよ」
「あら、やっぱり卑しい身分って馬鹿なのね。いいガキ」
女は俺の前髪を鷲掴みにしてきた。
「あんたらみたいなのは人間って言わないの。虫ケラって言うのよ」
「踏み潰せもしないくせに」
「何ですって」
「いいのかよ。俺たちに何かあれば、あんたらのお優しい王女様が黙ってないぜ。どうやって誤魔化す?アイリス様になすりつける?ただの、一介の侍女が女公爵様に?覚悟、できてるんだろうな」
「っ」
「うっ」
侍女は俺を壁に叩きつけるように放した。
「口だけは回るのね、卑しい身分のくせに」
そう吐き捨てて侍女は逃げるように去って行った。
「兄ちゃん」
「大丈夫だ、これくらい」
あんな奴らを信用してそばに置くなんて、やっぱりあの王女様は信用ならない。きっと俺たちが侍女に暴力を振るわれたって言っても信じてはくれないだろう。
俺たちのことを「可哀想な子」としか見てくれないんだ。それがどれだけ俺たちを惨めにするか考えもしないだろう。
高貴な自分が同情してやってるんだ、有り難く思え。そんな感情があの王女からは読み取れた。多分、王女自身は自覚していない。心の根底にある王女の醜い感情なんだろう。
「兄ちゃん、アイリス様に言って、あの王女様を追い出そうよ」
「まだだ。あの王女様が不適格だって証拠を集めるんだ。アイリス様がそうするように言ってたろ」
そうだ。半年間を耐える必要はない。
孤児院の仕事だってあのルーとか言う奴しかしていない。でも俺たちが言っても信じてはくれない。ルーをこっち側に引き摺り込んで証言してもらおう。
アイリス様は今回に限りご自分の名前を使って構わないって言ってた。
この際だ。アイリス様の名前使って、ルーを味方に引き込もう。何となくだけどあいつは多分、俺たちと同じだと思う。
「お前はあのルーって奴を監視してくれ」
「レン兄ちゃんはどうするの?」
「俺は院長先生に言って医者に診てもらう。診断書を貰う必要があるからな」
「分かった」
さっさとアイリス様に頼まれた仕事を終わらせて、先生達を戻してもらおう。