机にある書類を読んで、思わず重いため息が私から漏れる。
問題が山積みで頭が痛い。新しい事業に取り掛かりたいのに、王女のせいでその余裕がなくなってきている。
召喚命令から数日後、王家から再び書簡が届いた。
王家の紋章を見るだけで胃に穴が開きそうだ。
今回の書簡には王女が運営に問題があると判断したルーエンブルク領の孤児院運営を半年という期限付きで王女に任せるようにと書かれていた。
こちらになんの問題もないというか王女に問題ありと知らしめるためには却下することはできなかった。だからって損害しか出ないと分かっていることに無条件で受け入れることはできない。
そのため、かかる費用は全て王女負担を条件に許可した。
これぐらいの費用も負担できないほどルーエンブルクは貧しいのかと貴族連中から嘲笑の的にはなるがその件に関しては否定しなかった。
嘲笑してきた奴等には「戦争で被った被害は数ヶ月で取り戻せるものではない。国境沿いにないあなた方の領は被害がなくて良かったですね」と言っておいた。そう言っておけば大抵の馬鹿は黙る。
ルーエンブルクは国のために戦い、他の人達はその間安全な場所で惰眠を貪っていただけだと匂わせているからだ。
それは事実であり、これ以上続ければ不忠だとして断罪される可能性があるのは嘲笑った奴らなのだから。
「半年後には王女の資産が底を尽きているかその前に孤児院が破綻しているかもしれないな」
その負担も王家に支払ってもらうことにはなっているが、孤児院の院長やスタッフが耐えきれずに辞めてしまうことが一番のネックだ。
王女が半年だけで運営すると言った時の院長の絶望に満ちた顔を見た時は心の底から謝罪したくなった。
『大丈夫なんでしょうか?』という院長の言葉には王女に対する心配は一切含まれていない。あるのは孤児院の運営がままならなくなるのではないか、子供たちに悪影響を及ぼすものではないのかというものだ。
それでも今回のこれは王命に等しい。
受け入れないということは、受け入れられない理由がある。その理由はルーエンブルクに問題があるとされ、王家に問題があるとは一切されない。脅迫じゃないか。
「それでもやらせるしかないでしょう」と答えるしかなかった自分の無力さにため息しか出ない。
「極力、孤児院に顔を出さないと」
そんな時間が取れるだろうか。睡眠時間を削るか。
「俺も手伝うよ」
「エリック」
王女の件を聞いていたエリックも叔母もかなり心配そうな顔をしていた。今も私の様子を見にきたのだろう。
「エリックも忙しいでしょう」
「アイリスほどじゃない。それに兄上が戦場に行くことになった時から万が一に備えて準備はしていたし。・・・・本当にそうなるとは思わなかったけどな。心のどこかで父上と兄上なら大丈夫だとたかを括ってた。そんなわけないのにな」
「・・・・・・」
「せっかく生きて戻ったのに、領内で過労死なんて笑えねぇぞ」
「・・・・・そうね」
暫く王女のことに集中できるようにエリックに領内の仕事を一部任せようかしら。家令もいるし、ある程度の判断は家令だけでも問題はない。
補佐官を雇いたくてもまだそこまでの余裕はないし・・・・・孤児院の子どもたちを使用人として雇うのはどうだろう。
重要案件とかは任せられないけど料理の手伝いや掃除ならできる子達ばかりだし、下級使用人の仕事なら何も問題はない。そうすれば使用人一人の負担が減る。
孤児院の子供を貴族の邸が使用人として雇うのは本来はあり得ないことだ。
下級だろうが上級だろうが貴族が使用人として雇う場合は推薦状がいるからだ。孤児院の子供がそれを入手することはできない。その伝手がないからだ。でも、見込みのある子供なら推薦状を書いてもいいし、そのまま邸の使用人として雇ってもいい。
私はまだエリックの邸に間借している状態だけど必要最低限の使用人は自分で雇っている状況だ。エリックと叔母様、院長に相談して決めよう。
エリックたちの邸も戦争の影響でだいぶ、使用人が減って不便なところが出てきているから彼らももしかしたら孤児院の子供を雇ってくれるかもしれない。そうなれば孤児院の子たちの就職先にも広がりが出てくる。
一般の子供は使用人の専門学校に通い、実習先や教師の推薦状で使用人になる。成績が優秀な生徒は平民でも上級使用人候補としての教育を受けられるけど孤児院の子供たちは学校に通うことができない。文字の読み書きや計算も最低限しかできないから私の方法を取り入れても下級使用人が限度だろう。それでもやってみる価値はあるわね。
「エリック、相談があるのだけど」