side.シーラ

「どうして、どうして、どうして、どうして」
奥歯を噛み締めながら私は廊下を歩いた。
お父様にお願いしてアイリスが犯した罪を自覚させて更生させようとした。でも、私が思ったよりもアイリスは狡猾だった。
「あんなに口が回るなんて」
野蛮な傭兵に混じって武器を振り回すだけしかできないと思っていたのに予想外だ。
「これじゃあ、孤児院の孤児たちを救えないわ」
私がこうやって足止めされているこの時も孤児たちは搾取され続けているのに。
「ルー」
前から大量の書類を持った銀色の髪に金色の目をした青年が歩いてきた。彼の名前はルー。私がまだ幼い頃に興味本位で入ったスラムで見つけた子供だ。
可哀想に、私と同じ年齢ぐらいの子供だったのにガリガリに痩せていた。
彼を哀れに思った私は彼を拾って、王宮で暮らせるようにした。名前を聞いても彼は答えなかった。きっと彼には名前をつけてくれる親がいなかったのだろう。可哀想な彼に私はルーという名前を与えた。
「王女殿下」
「もう、ルーったら。私のことはシーラと名前で呼んでって言ってるでしょう。私とあなたは姉弟なんだから」
「そういうわけにはいきません。私はスラム出身の卑しい平民なので」
「どうしてそんな悲しいことを言うの?あら、ルー、怪我をしているわよ」
手の甲に擦り傷ができていた。
「ああ、どこかで引っかけたのかもしれません」
「意外におっちょこちょいよね。手当てをしてあげる」
「いいえ、王女殿下のお手を煩わせるわけにはいけませんので」
ルーはいつもどこか怪我をしている。
見た目はクールでしっかり者だけどそういうドジなところがあって可愛いと思う。
「その書類は何?また仕事をしているの?あなたは私の弟だから仕事なんてしなくていいのよ。あなたも王族として堂々としていればいいのよ」
「・・・・・お気遣いありがとうございます。しかし、これは俺がしたくてしていることなので」
「そう?ならいいけど。何か困ったことがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
アイリスも孤児たちとこういう関係を築けたらいいのに。
身分が高いからって下の者を搾取するなんて間違えているわ。同じ人間なんだから。ちゃんと上の者として下の者を導ける存在になるべきよ。
どうしたらアイリスに私の考えを理解させることができるのかしら。
「ねぇ、ルー。アイリスに私の考えを理解させるにはどうすればいいと思う?」
「アイリスというのはルーエンブルク女公爵のことですか?」
「そうよ。孤児たちに酷いことをさせてるの。私はそれを間違いだって彼女に教えてあげたいの」
「言葉で言うだけでは足りないのですか?」
「何度も言ったわ。でも、通じなかった」
凝り固まった賎民意識を溶かすのは思った以上に難しいのね。でも諦めるわけにはいかない。孤児たちを救うためにも。
「無理に理解させる必要はないと思います。女公爵には女公爵の考え方や信念があります。同じではないからそれが悪だとは限りませんし、仮に女公爵の行いが本当に悪であったとしても理解できないものを理解させるのは無理です。人は自分の理解できる範疇でしか物事を理解できませんし、判断しないので」
「でも、お友達が犯罪に手を染めていくのを黙って見ているだけなんてできないわ」
アイリスとはずっと友達で居続けたい。
きっとルーには分からないのでしょうね。私たちは確かに姉弟だけど、彼とは血の繋がりはないし、私たちと違ってスラムで育ったから。王宮で暮らしていて、それなりの教育を施させていてもスラム出身では王女である私の信念や考えを理解できないのは当然
ルーに甘えすぎて、頼りすぎてしまったわ。可哀想なことをしてしまったわね。私の考えが理解できないことを落ち込まないといいけど。
「もう少し考えてみる」
「はい」
きっとアイリスも孤児も救える良い方法があるはずよ。